利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(42) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

コロナ敗戦からの精神的再起

8月には原爆や終戦の記念日もある。今年も首相は広島や長崎には行ったものの、スピーチには新しい内容や情熱はなく、あと6カ国が批准すれば発効する核兵器禁止条約にも言及がなかった。国連事務総長や外国の要人からは「核なき世界」への意志が語られたが、日本の代表はそのような目標を語らない。

でも、今は戦後最大の世界的危機において日本がまた大きな「敗戦」に陥りつつある時だから、それも当然かもしれない。先の世界大戦を真摯(しんし)に反省して世界平和を真剣に追求する政治が行われていれば、似た失敗は繰り返さないからだ。過去の大戦においても今においても、責任は時の政府とともに、その行為を許してきた国民にもある。先月は再選された東京都知事の責任について書いた(第41回)が、政府と、それを許容してきた多くの日本国民にも相応の責任がある。私たちはそれを自覚して、戦後の原点を省みなければならない。

私たちが思い起こすべき記憶は、原爆や終戦とともに、その後で当時の日本人が灰塵(かいじん)の中から再起し、新しい希望を抱いて平和と民主主義に歩み出したことでもある。今も希望がないわけではない。たとえば東京都医師会会長が異例な声を上げて国会召集・法改正・検査拡充を求め、世田谷区長はニューヨーク市にならってPCR検査を「いつでも、だれでも、何度でも」受診できるような態勢を整えようとしている。先進的自治体がモデルとなって、日本全体の意識が根本的に変わり、それを最速で推進しつつ、人々が迂闊(うかつ)な行動を自制するように導けば、成功国のように、この災いが収束する日が訪れるだろう。

その最大の鍵は、先月に書いたように、物質至上主義を離れて自然と生命を尊重するという価値観に多くの人々が移行するということだ。仏教は長年にわたり強欲を戒めて「足るを知る」生き方を説いてきた。このような宗教的・哲学的省察を得た人々が力を合わせて日本政治の根本的変革を実現した時に、新しい夢と希望が日本に姿を現すだろう。

だから、お盆や終戦記念日を機に仏教思想を思い起こし、現状を大いなる悲しみ(慈悲)の心で見つつ、死者の増大にブレーキがかかるように静かに祈り、次の行動を準備していくしかない。いわば「コロナ敗戦」の被害や衝撃が大きくなり、否応なく新しい世界観に目覚める人が多くなればなるほど、再生は大きく、深くなりうる。今や劣等国になりつつあるこの国が、人々の目覚めによって逆に世界を精神的にリードする日が到来することを願いたいものだ。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など