心の悠遠――現代社会と瞑想(8) 写真・文 松原正樹(臨済宗妙心寺派佛母寺住職)

現代社会に通じる白隠の声

ブッダの教えの根本の一つに、「苦(く)・集(じゅう)・滅(めつ)・道(どう)」を四つの真理とした「四諦(したい)」がある。その第一の「苦諦」は、「この世は苦である」との真理だ。法華経では「悉有(しつう)仏性」と「諸法実相」の教えを中心とする。日本臨済宗中興の祖・白隠慧鶴(えかく、1686―1769)はこの法華経について、「法華経の真の面目を見よ」と述べ、「心外に法華経なく、法華経外に心なし」と説き、仏性を見つめることの重要性を語った。この人間の心の奥底に埋め込まれている純粋にして真実な人間性、つまり、仏性の存在を信じて、仏性を開発する努力を怠らなければ「人間復興」は可能であり、人間の問題や人間を取り巻く諸問題の解決、さらには人間の新生を願うことも可能になると説いている。そのために、白隠は「隻手音声(せきしゅおんじょう)」の公案を学べというのである。白隠の教えは「仏性」を見ることにある。

白隠は当時の権力に対して、多くの側室を抱えるなど、大名の贅沢(ぜいたく)な生活費は全て貧しい領民から取られるのであり、頻繁に起こる一揆や強訴は「窮鼠(きゅうそ)猫を嚙(か)む」ものであると、農民に同情している。民を哀れみ、恵むことが第一の徳行でなければならない大名たるものは、自らの贅沢を禁じ、節倹に努めなければならない、と述べている。

さらに、徳川幕府の経済・政治政策の根幹である参勤交代制度を挙げ、大名行列は甚だ無駄な労力と資金で、その膨大な費用は全て農民から収奪されることになると言い、無駄な制度だと厳しく批判する。

禅の基本姿勢である「叉手当胸」をする参加者

特に各地での一揆については、贅沢至極の生活をしている役人が非常に貧しい農民たちから年貢を搾り取り、家具や生活用品、家までも奪い、中には飢えで家族が死んでいく――そのような状況にまで追い詰められた結果、農民たちは死を覚悟して蜂起し、城を取り囲む。策に詰まった役人たちは寺の僧侶を使って懐柔策に出る。和尚たちが弁舌巧みに農民を説得し、農民たちが安心して引き下がって一揆が鎮静化したところで首謀者を極刑に処す。一揆の弾圧に協力する寺院に対する強い怒りが込められ、低階級層の人間たちを守り救うことに反し、一握りの人間の利益のためにどれだけの人間の生活が苦しめられているかと声を上げているのだ。

考えてみよう。現在の世界で、一握りの人間の利益のためにどれだけの人間の生活が苦しめられているか。国の権益のためにどれだけ他の国々や人々が苦しめられ、人間の生活の発展とさらなる利益を求めて、どれだけの自然が破壊されてきているか。困窮、飢餓、人種差別、難民、軍事などさまざまな人権問題はいつでも、どこにでもある。これらの問題に対して、白隠の声は時代遅れな声などでは全くなく、今でもしっかりと通じる声であり、「持つべきモチベーション」と「起こすべきアクション」を示している。白隠は仏教が大変大事な役割を持つという、ロールモデルを提示している。

日本とアメリカの懸け橋をしている私にとって、白隠は模範である。宗教がどのようにより良い生活、より良い社会、そして、より良い世界の創造に対して貢献できるか。そのことを常に考え、民族や国家を超えた人類の平和と幸福の実現を願い、私は仏教者として、日本の宗教界とアメリカの宗教界の懸け橋を担っていきたい。

プロフィル

まつばら・まさき 1973年、東京都生まれ。『般若心経入門』(祥伝社黄金文庫)の著者で名僧の松原泰道師を祖父に、松原哲明師を父に持つ。現在、米・コーネル大学東アジア研究所研究員、ブラウン大学瞑想学研究員を務める。千葉・富津市の臨済宗妙心寺派佛母寺住職。米国と日本を行き来しながら、国内外への仏教伝道活動を広く実施している。著書に『心配事がスッと消える禅の習慣』(アスコム)。2019年9月に『感情を洗いながす禅の言葉』(三笠書房)を発刊。