利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(10) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

衆愚政治の危険性

このような変化の結果、日本では「ネット右翼」と言われるような世界が広がっているし、西洋諸国でも極右政党はしばしばネットを駆使して支持を拡大している。しかも、サイバー空間上では、自分の考え方に近い情報や見解を次々と見ることになりやすいから、似た考え方の人々からなる閉ざされた空間の中に入ってしまって、意見の異なる人々との間に壁や激しい対立関係が生じやすい。さらに、自分が入り込んだ仮想の世界を現実と思い込んでしまうことが起こりがちだ。

このような世界が広がると、真実と不真実との差が分からなくなり、デマゴーグが現れやすくなる。それに人々は操られて、民主政治は崩壊し、独裁や専制、そして戦争になりやすいのだ。古代ギリシャの偉大な哲学者たちは、これに似た民主主義の堕落を「衆愚政治」と呼んだ。実際、当時のアテネでは戦争に敗れて民主主義が崩壊し、結果的には王国の支配下に組み込まれることになってしまったのだ。

20世紀にも似た現象が生じた。ヒトラーは、当時のドイツにおける民主的憲法のもと、議会で人々の支持をある程度まで得てから、暴力によって独裁的権力を確立したのだ。同じような危険性が、今の世界にないとは言えないのである。

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