利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(10) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

倫理的・公共的次元の必要性

つまり今の世界ではテクノロジーの発展がデジタル化をもたらしたが、人間の理性や精神性がその展開についていけなければ、危険な結果が生じかねない。従来の活字メディアの影響力が減り、それが築いてきた理性的発想が後退すると、センセーショナルな情報に左右されることになりやすいからだ。最近、一部の週刊誌の報道が政治に大きな影響を与えるようになっているのも、この一例だろう。

このような事態を避けるために大事なのは、やはり倫理的・公共的な良識だ。感情的な扇動に流されることなく、理性や公共的な良識に基づいて真実と虚偽とを見分け、正しい方向を自ら考えて、見いださなければならない。倫理的・精神的次元に人々が再び目を向けることが必要だ。

民主主義のグレードアップ

それによって、民主主義を良質なものにグレードアップさせていくこと――いわば「徳ある民主主義」「有徳な民主主義」の展開が理想だろう。

君主制の時代には、統治者に徳が求められた。民主主義においては、人々が主権者として政治を決めるのだから、政治家だけではなく、それを選出する人々自身が精神性や倫理性に目を向けることが大切なのである。そうなれば、インターネットのメリットが発揮され、新しい民主主義の開花にもつながりうるだろう。

結局のところ、科学技術の進歩だけが起きて人間の精神性が衰えてしまうと、民主主義が崩壊して独裁や戦争になりかねないから、それを回避するために人間そのものの質的な向上が望まれるのだ。

だからこそ、公共的宗教や市民宗教は大事である。クリスマス、正月と続く年末年始は、キリスト教や神道をはじめとする宗教的行事が目につきやすい時期だ。一年の締めくくりにあたって、このような時代の動向に思いを馳(は)せつつ、危機の克服と新しい希望の展開を祈りたいものである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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