幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(8) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

あてもなく歩を進めた彼女は、いつしか祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の近くまで来ていました。折しも精舎では、お釈迦さまが大勢の群衆を前に説法をしているところでした。そこに髪を振り乱した裸の女性が入ってきたのですから、一同は慌てふためき、場は大混乱です。

その時、お釈迦さまが彼女に静かに語り掛けました。「妹よ。気を確かに持ちなさい」。

その慈愛にあふれた声によって、彼女は正気を取り戻しました。自分が裸でいることに気づき、慌ててしゃがみ込むと、近くにいた人が上衣をかけてあげました。このことから、彼女はのちにパターチャーラー(上衣をまとう人)と呼ばれるようになります。

「お釈迦さま、これほどの苦しみを私はどうやって乗り越えたらよいのでしょう」。涙ながらに訴えたパターチャーラーに、お釈迦さまは生命の無常と輪廻(りんね)の苦しみについて説法をします(『無始流転経』)。それによって彼女の心は救われ、その場で出家することになります。

私がこのお話で心震えた点は、みんなが怖がって避けた彼女を、唯一お釈迦さまだけが受け入れて声を掛けたことです。必ず救われる、立ち直るという確信があればこその、この温かい一言。

「妹よ」

絶望の中にある人に手を差し伸べることほど難しいことはありませんが、私はこの一点に大きな示唆が隠されている気がしてなりません。

参考文献:ダンマパダ(法句経113)注釈書

プロフィル

あまの・わこう 1978年、青森県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業後、夫と共に仙台市に単立仏教寺院「みんなの寺」を設立した。臨床宗教師でもある。著書に『みんなの寺のつくり方』(雷鳥社)、『ブッダの娘たちへ』(春秋社)、『ミャンマーで尼になりました』(イースト・プレス)など。現在、臨床宗教師に関するマンガを制作中。

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