幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(7) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

長者が家で落胆している姿を見て、一人行動したのがプンナーでした。「旦那さま、どうなさったのですか」。

「お釈迦さまが出ていってしまわれる。どう説得してもうなずいては頂けなかった」

「では、私が頼んでみましょう」

町中の有力者が、こぞってお願いしてもかなわなかったのです。奴隷の女の子に一体何ができるというのでしょう。

プンナーは小さな足で必死に駆けて行きました。お釈迦さまの元に着いた時、一行は今まさに出発しようとしているところでした。「お釈迦さま。どうか出発を延期してください」。お釈迦さまは静かに尋ねました。「もし延期したら、あなたは何をしてくれるのですか?」。プンナーは答えました。「私には差し上げられるものは何もありません。でも、もしお聞き届けくださるなら、私は生涯、生き物を殺しません。人のものを盗みません。夫以外と関係を持ちません。うそをつきません。酒や麻薬を摂(と)りません」。お釈迦さまはその誓いを聞いて、すぐに旅の支度を取りやめました。

町中のお金持ちがどんなお布施を申し出るよりも、たった一人の女の子が「私は他人を害さない生き方をします」と宣言したことを喜ばれたお釈迦さま――。
現代の私たちに対しても通じる、その願いはたった一つ。人々が良く正しく生きること、幸福になることであったと、この話は示しています。

プンナーはこの功績により奴隷の身分から解放され、アナータピンディカ長者の養女に迎えられました。

参考文献:南伝大蔵経二十五巻長老尼偈経、中部経典註釈書
誓教寺報『つきなみ』誌 第117号(2005年発行、『幸せになる3つのキーワード』、和訳・解説アルボムッレ・スマナサーラ長老)

プロフィル

あまの・わこう 1978年、青森県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業後、夫と共に仙台市に単立仏教寺院「みんなの寺」を設立した。臨床宗教師でもある。著書に『みんなの寺のつくり方』(雷鳥社)、『ブッダの娘たちへ』(春秋社)、『ミャンマーで尼になりました』(イースト・プレス)など。現在、臨床宗教師に関するマンガを制作中。

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