法華経のこころ(12)

人間の生き方の究極の境地が示された法華三部経――。経典に記された一節を挙げ、記者の心に思い浮かんだ自らの体験、気づき、また社会事象などを紹介する。今回は、「薬草諭品」と「如来寿量品」から。

彼の大雲の徧く三千大千国土に覆うが如し(薬草諭品)

すべての生命体を救おうとする仏の慈悲は、大雲が世界中を等しく覆うようなもので、そこには分け隔てはない。

現代、「優しさ」が氾濫している。しかし、優しくない状況にすぐ「傷つく」のも現代の流行だ。どうやら現代人好みの「優しさ」には、「甘やかせてくれるもの」という意味が必要以上に含まれているようでもある。甘やかせてくれる「優しさ」には、たいがい自分が良く思われたい、好かれたいというヒモがついている。私なども好感度を上げたいと、人によって普段よりちょっぴり「優しさ」のボルテージが上がる時があり、反省することがある。

しかし、仏さまの優しさには、そんな損得感情はない。それは、すべての人々を救わずにいられないという慈悲心から出ているものだから。さまざまな機根の違いに応じて、形を変えているように見えるが、仏さまの慈悲は常に平等に注がれている。その意味では、慈悲は求めるものではなく、すでにそれを受けているということに気づくものではないだろうか。優しさの上澄みにおぼれてはいけない。優しくない状況の中にも優しさを見つけたい。もし、優しさにヒモをつけるなら、その奥に純粋な慈悲の心をつけておきたい。そう思う。
(K)

※彼(か)の大雲(だいうん)の徧(あまね)く三千大千国土(さんぜんだいせんこくど)に覆(おお)うが如(ごと)し

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