新・仏典物語――釈尊の弟子たち(6)

子を亡くした母の悲しみは……

托鉢(たくはつ)に歩いているとき、パターチャーラーは一人の女性に呼び止められました。

「尼僧さま」

パターチャーラーは振り向き、その女性の目を見た瞬間、彼女が深い悲しみを抱いていることに気づきました。

「尼僧さま。私はこれまでつらい日々を過ごしてきました。七年前に夫を亡くしたからです。子もなく、私を助けてくれる親も友人もいませんでした」

そう語りかけられたパターチャーラーは、まるで自分の身の上ばなしを聞いているようで胸を締めつけれました。

かつて、パターチャーラーも村が暴風雨に見舞われたときに二人の子供と夫、そして実家の父母と兄弟を一度に亡くしたからでした。泣き叫びながらさまよい歩くうちに、釈尊とめぐり会い、慰め勇気づけられたのです。

「パターチャーラーよ、もうそれ以上、悲しみで心をさいなむことはない。今日からは、私を汝(なんじ)のよりどころとするがいい。汝がいま、家族を失い悲しみに打ちひしがれているように、遠い昔から今まで、子を亡くした親が流した涙は、いかばかりであろう。世界の海の水よりも多いのではないか。私にはそう思えてならないのだが……」

さらに、釈尊はこう述べられたのでした。

「この無常の世にあって、子供も親も真のよりどころにはならない。パターチャーラーよ、これからは、私のもとで如来の教えをよりどころに生きてみないか?」

その釈尊の言葉がパターチャーラーに出家を決意させたのでした。

そして今、自分と同じような体験に心を傷(いた)めている女性に出会ったのです。

「尼僧さま。夫が亡くなってから、着る物も食べる物も得ることができませんでした。鉢と杖を手に、村から村へとさまよい歩き、食べ物を乞いながら生きてまいりました」

パターチャーラーは、泣き崩れる女性の手をとり、立ち上がらせました。

「あなたの名前を教えてください」

チャンダー、とその女性は応えました。

「さあ、参りましょう。私たちの師のもとに」

パターチャーラーにうながされ、チャンダーは一歩、足を踏み出しました。
(長老尼の詩より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています