普門館とわたし(了)
普門館は永遠に不滅です
私が高校1年の時に、アルフレッド・リード指揮による東京佼成ウインドオーケストラの演奏会が普門館で行われると知り、先輩たちと行きました。まず普門館の大きさに圧倒されました。続いて東京佼成ウインドオーケストラの演奏に驚きました! (初めてのLIVEでした)。私自身もコンクールで「目指せ普門館」で3年間頑張ったものの叶(かな)わなかったのですが、普門バンドフェスティバルでも普門館に行きました。このように私たちの中では、「普門館は永遠に不滅です」と大きな声で言いたいと思います! 本当にお疲れ様でした!
(へしぽん・52歳男性・会社員)
普門館の温もりに包まれて
3歳から17歳まで(教会の)鼓笛隊の一員として立ち続けた普門館。学生時代、バレー部に所属するものの、夏休みの予定表を見て「これだと鼓笛に出られないので辞めます」と言って部活を辞め、学生時代の夏休みを鼓笛に費やしました。吹奏楽をやっている学生ならみんなが憧れるステージに、毎年当たり前のように立たせて頂いていた普門館が使用することができなくなったと聞いたときは、「いつかきっと、またあのステージに立てる時が来る」と思っていました。
大ホールが使用できなくなってから普門館で鼓笛講習会を行い、特別にステージに行かせて頂きましたが、ステージから客席が見えることはなく、ただただ重そうな壁がありました。その時初めて、あぁ、もうこのステージで演奏できないんだなと実感し、涙が止まりませんでした。
そして今年、「普門館への感謝供養のつどい」で久しぶりに普門館のステージに帰ってきて、開式と同時に客席のライトがついたとき体中にブワッと鳥肌が立ち、今までの普門館での思い出が一気によみがえってきて、自然と涙があふれました。普門館の包み込んでくれる優しい温(ぬく)もりが本当に大好きです。普門館、今までありがとうございました!
(早也香・24歳女性・事務員)
鼓笛隊の活動を続けて
私と普門館との出会いは、小学5年生で入隊した埼玉教区の鼓笛フェスティバルです。
現役を終えてからも後輩たちの指導を続け、今度はステージからではなく、客席から応援しました。
「Go-go-go-go、レッツゴー○○(教会名)!」と応援した日々を、昨日のことのように思い出します。
当時は今のように携帯電話などもなく、年に一度だけ会える他教会の友との再会を楽しみに、一生懸命練習を重ねていました。
そして後輩の指導を退いた頃、鼓笛隊OBによる「佼成マーチングバンド」が結成されました。再び普門館の舞台に立ち、後輩たちの模範となれるよう、初めての金管楽器に泣きながら練習をした日々を思い出します。
普門館はなくなってしまうけれど、あのときここで共に音楽を奏でたたくさんの幼なじみや、出会った指導者の方々・仲間たちは、今でも私の宝物です。そして私は、ここで生涯の伴侶と出会うこともできました。普門館は形を変えて、これからも私たちの心の中に生き続けていくことでしょう。そしてここでのたくさんの思い出と共に、これからも私たちに生きる力を与え続けて下さるに違いありません。
(おりえちゃん・43歳女性・教員)