内藤麻里子の文芸観察(77)

高田大介さんの『エディシオン・クリティーク』(文藝春秋)は、文献をめぐる知的探求ミステリーの興奮と、元夫婦の関係を高尚に、しかもコミカルに描く面白さが詰まった異色作だ。
タイトルは「校訂」「原典考証」などの意味を持つ。主人公である編集者、岩槻真理は今も別れた夫、嵯峨野修理(しゅり)の実家にしげしげと通う。というのも、真理は元夫の担当編集者であり、元姑と実母が友人同士で、彼女には幼いころから可愛がられてもいたからだ。修理は文献学を研究し、中でも原典考証が専門だ。異書、異本、異校、手稿の写しや碑文の拓本に至るまで微妙に異なる部分を比較するのだという。
物語の縦軸の一つは、そんな彼のもとに持ち込まれた文献の謎だ。3話構成で、第1話は襖(ふすま)の下張りから出てきた反故紙に書かれた説話のようなものの一部。第2話は、軽井沢の古書店で手に入れた辞書に入っていた不可解なメモ。最後の第3話では、解読不能と言われる「ヴォイニッチ写本」を読み解く羽目になる。
説話の素性や解題、辞書談義を文献学の観点から展開していく様はみとれるばかり。「ヴォイニッチ写本」に至っては、まさに歴史ミステリーを快刀乱麻の手つきで解くかのよう。知的刺激に満ちている。著者は小説を手がける一方で、印欧語比較文法・対照言語学の研究者だという。私は浅学菲才(せんがくひさい)の身ゆえ研究分野がどんなものか分からないが、その素養あってこその物語だろうか。
これと両輪になっているのが、離婚した夫婦の現在の関係性だ。修理の研究姿勢は趣味に耽溺(たんでき)するかのようなディレッタント(好事家)の域で、浮世離れした甲斐性なしだ。元夫を厄介な奴とみなしている真理に、元英文学者のおしゃれな姑、修理を慕う妹らで織りなす暮らしがあるのだが、それをつづる筆が振るっている。書庫になっている蔵を「文庫(ふみぐら)」、東京の車を持たぬ人々を「骨の髄まで都人士(とじんし)で」、古書の取引を「真剣勝負、目利きの沙汰で輸嬴(しゅえい)の決する修羅の巷(ちまた)」などと書く。衒学(げんがく)的な、古色ゆかしい表現に彩られた世界が妙に心地いい。しかもリズミカルで、こちらの心地よさのツボを外さぬ軽妙な語り口の中で、やがて真理はなぜ離婚したのか自分を見つめ直すことになる。この一筋の真摯(しんし)さが好もしい。
一見合わないかに見える両輪に駆動された物語は、気づいてみれば恋愛小説かと思うような風情すら醸し出す。物語世界は周到に構築され、各話に添えられたエピグラフ(引用文)も効果的。企(たくら)まれた小説の妙味が味わえる。
プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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