大人が学ぶ 子どもが自分も相手も大切にできる性教育(5) 文・一般社団法人ソウレッジ代表 鶴田七瀬
画・一般社団法人ソウレッジ
『海外の事例』
私は「性の悩みを抱える人たちへの支援」「自分で人生を選択する力を育む教育環境の整備」などの事例を知るために、デンマーク、オランダ、フィンランド、イギリスなどの教育機関・医療機関・公共施設など30施設以上を訪問しました。
これから話す事例は「その国で行われている様子の一部」で、「この教育を日本でもそのまま行うべき、という主張ではない」ということを念頭に置いてお読みください。
オランダの教育には、あらゆる必須科目の中核目標に「人間関係とセクシュアリティに関する教育」が定められています。オランダでの性教育は、悩みを持った時に「自分たちで解決していく」ための情報収集の仕方、自分の気持ちと向き合い意思決定をする方法、他者の人権や文化の尊重などの包括的な内容を学びます。
私がオランダのとある小学校を訪問した時、日本でいう4年生の子たちが学校の近くにある図書館を利用し、調べ物をするフィールドワークを行っていました。図書館には、実際に人が性行為をしている写真が載っている本などがあり、そのページの裏には性病のリスクの話や避妊具の話、性的同意の話、性暴力に遭った時の対処の方法も掲載されていました。
オランダでの性教育では「包み隠さない」という環境を徹底して作り、そこから「つらい出来事や悩みを打ち明けられる環境があるから、一人で悩まなくていいよ」というメッセージを子どもたちに届けます。
また、学校の先生との話で印象的だったのは、「学校教育が終わっても子どもたちが自ら正しい知識をアップデートし続ける方法を教えないといけない。人生を生きていたら必要な知識は常に変わり続ける」という言葉でした。
子どもたちは性欲や好奇心を持っていますし、情報を隠すことには何の効果もありません。今はスマホが普及する前よりもさらに、「根拠のない情報」に子どもたちがアクセスしやすくなっています。安全に暮らしていくには、リスクを伴う行為につながる可能性のあるものを隠すのではなく、リスクと付き合っていく知識を得ることが必要です。
一方、フィンランドの中高生と話したところ、オランダとは、性的な話に対する感覚にかなりの差があることが分かりました。性の話だけではなく、パートナーとの関係性も家族に話すのは恥ずかしいと8割以上の生徒が話していました。
だからこそ、学校では丁寧に性知識を教えます。中学校の先生に「恥ずかしい気持ちはないんですか?」と尋ねたところ、「恥ずかしくないと言ったらうそになるけれど誰かが教えないと、子どもたちは好奇心もあるしスマホで何でも見られちゃいますから」という回答を受け、教員の方のプロ意識を見くびっていた自分を恥じました。
イギリスの医療機関では、健康保険証がなくても「誰でも」「無料で」診察を受けることができ、避妊具も無料で適切なものをもらうことができます。コンドームのみならず、子宮内に入れる避妊具や、緊急避妊薬といった日本では数万円かかる処置や薬も無料で提供されています。そして、何より日本ではまだ処方されていない、貼るだけで避妊できる「避妊パッチ」などの選択肢があり、予期せぬ妊娠をなくすために必要な選択肢が充実していました。もともとはヨーロッパの中でも10代の人工中絶が多い国の一つでしたが、10代の予期せぬ妊娠を防ぐための教育に力を入れて取り組んだ結果、イングランドとウェールズでの18歳未満の中絶率が10年で半数近くにまで減少しています。
渡航先で私が見てきた性教育の共通点は「日常にあること」で、そこから私は性教育の定義とは「行動を変えるための全ての環境整備」であると考えました。それを目指して、子どもの周囲にいる大人たちの感情や過去に寄り添いながら、子どもたちを守るために前に進むサポートをすることが必要だと思っています。私たちの目標である“「知らなかった」で傷つく人をゼロにする”を達成するために、今後も日常のさまざまな角度からのアプローチを模索していきます。
プロフィル
つるた・ななせ 1995年生まれ、静岡県出身。兵庫県尼崎市在住。日本で性教育を行うNPO法人でインターンをしたのち、文部科学省主催による留学促進キャンペーン「トビタテ留学ジャパン」の支援を受け、性教育を積極的に行う国の教育・医療・福祉などの施設を30カ所以上訪問。帰国後に「性教育の最初の1歩を届ける」ことを目指し、2019年に一般社団法人ソウレッジを設立した。「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2021 日本発『世界を変える30歳未満』30人」受賞。