大人が学ぶ 子どもが自分も相手も大切にできる性教育(10) 文・一般社団法人ソウレッジ代表 鶴田七瀬

画・ありお

『コミュニケーションのトレーニングが加害者になることを防ぐ』

性に関するさまざまなトラブルや犯罪は、必ずしも悪意から生じるものばかりではありません。

例えば、「楽しさ」や「おふざけ」が先行しているケース、あるいは「相手が喜ぶと思って」行動を選択した結果、友人やパートナーとの関係に亀裂が入ることや望まぬ妊娠につながってしまうケースもあるのです。

こうした問題は、自身の行動が相手の領域に侵入する行動であるということを認識できていない場合や一つの行為に対する双方の認識のズレが原因となって発生します。

特に性行為の場では、一方が「自分は正しいことをしている」と思っていることが往々にしてあります。「嫌がっていても本心はうれしい」「付き合っているのだから、エッチをすることは当然」「コンドームをつけないですることが格好いい」――。また、「○○していい?」と尋ねた際、相手の返事がないことを同意と受け止めてしまう、女の子が自分の家に来たことを性行為に同意していると見なして、言葉で確認をせずに行為に及んでしまうなど、事前に仕入れた情報を信じきってしまい、「目の前のパートナーとコミュニケーションを取る」ことをなぜか放棄してしまうのです。客観的に見て、これでは片方が嫌な気持ちになってしまうと思いませんか。

このような事態を防ぐためには、幼児期からのトレーニングが重要です。

子どもが遊びの中で、カンチョーやズボンおろし、胸を触るといった行為をした時に、「子どものすることだから……」と見過ごしてはいけません。たとえ子どもであっても、相手のプライベートゾーン(他者に見せたり、勝手に触られたりしてはいけない身体的部位)を侵害する行為はいけないことだと明確に伝えましょう。このようなケースは「良い」「悪い」の線引きが明確で伝えるのが比較的簡単かと思います。

しかし、次のようなケースもあります。自分の子どもの行為によって、相手が怒ったり、泣いたりしてしまったとします。その時、親が「自分がされたら嫌って思うでしょ?」と言った時、「別に自分はされても大丈夫だもん、僕は悪くない」と子どもが思っていたらどうでしょう。自分にとっての「良い」が、相手にとっては「悪い」、こんな場面に遭遇した時こそ子どもと丁寧に対話してあげてください。自分を基準に置くのではなく、相手がどう感じているかが重要なので、「相手が嫌だったんだから、それはやっちゃいけないことなんだよ」と教えましょう。そして、相手と自分の受け取り方が違うことはよくあることであり、それは本人に聞かなくては分からないという話をしましょう。自分と相手の考え方は違うかもしれない、それはよくあることだ、という考えが頭の中に存在するだけで、思考や行動の暴走を防ぐことができます。

子ども同士、お互いに譲れないような時には、相手としっかり話すように声かけをしてください。そして、そんな時はぜひ、子どもたちが納得するまで対話を見守ってみてください。

オランダでは、5歳の子どもでもけんかしたら、「どうしたらいいか、自分たちで考えてきて」と時間を与え、子どもたちだけで話し合ってもらい、彼らが出した結論を先生が聞きます。大人が割って入って、「ごめんね」と「いいよ」といった謝罪と許容を促してはいけないのです。

日本では、許す=良いとされていたり、おもんばかることを相手に求めたりし、「NO」と言いにくい雰囲気がありますよね。これによって不要なストレスを感じている人も多いのではないでしょうか。

人から何かを頼まれた時に断ることや、尋ねられた時に「答えたくない」という意思表示をすることは何も悪いことではありません。むしろ、自分がちゃんと意思表示をして、相手と言葉のキャッチボールができれば、お互いに嫌な思いをせずに済みます。

波風を立てたくないという気持ちは分からなくもないですが、「嫌」という意思表示をすることは、お互いの「嫌」を尊重したいという思いがベースにある場合、言われる側にとって非常にありがたいことです。「嫌って言ってくれてありがとう」という言葉が返ってきたらベストです。

自分と相手の考え方の違いがあることへの気づきや、相手の「NO」を尊重できるコミュニケーションの姿勢を育てていくことも、結果として性加害の予防につながります。性に関する正しい知識をただ与えるだけでは、性教育は不十分なのです。

プロフィル

つるた・ななせ 1995年生まれ、静岡県出身。兵庫県尼崎市在住。日本で性教育を行うNPO法人でインターンをしたのち、文部科学省主催による留学促進キャンペーン「トビタテ留学ジャパン」の支援を受け、性教育を積極的に行う国の教育・医療・福祉などの施設を30カ所以上訪問。帰国後に「性教育の最初の1歩を届ける」ことを目指し、2019年に一般社団法人ソウレッジを設立した。「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2021 日本発『世界を変える30歳未満』30人」受賞。