立正佼成会 庭野日鑛会長 6月の法話から

6月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

生きたこの身が仏になる

昨年1月に97歳で亡くなられた森政弘先生(東京工業大学=現・東京科学大学=名誉教授、工学博士)は、仏教にとても詳しい方でした。そのご著書にこのようなことが書かれています。

<世間では葬儀の場合など、死人を仏と呼んでいるが、死んでから仏になっても仕方がない。あるいは仏とは寺院に安置してある仏像のことだ、などというレベルで仏教を見ておられる方もあるかもしれないが、いってみれば仏像は方便なのである。仏像を礼拝して修行したほうが速いのだ。だから死後や仏像のことよりも、生きたこの身が仏になることが、いちばん大事なのである。これを「人間でありながら、人間でなくなる」という。>

「人間でありながら、人間でなくなる」――仏になることが、私たちの修行であるということです。ただ読んで、聞いているだけではなかなか難しいなという感じがするのですけども、大乗仏教の一番大事なことは、こういうことであると、ここに述べられております。そうした意味で、私はこれをいつも大事にして、自分でも唱えながら、また皆さまにもこうしてときどき申し上げておるわけであります。
(6月1日)

共に修行中

禅の世界に、こういう言葉があるそうです。

「釈迦も達磨(だるま)も修行中」

お釈迦さまも達磨さま(達磨大師。中国禅宗の開祖)も修行中ということから、私たちも同じく修行中であると受け取れるわけです。本当に、お互いさまに修行中ですから、私は皆さんに何かを教えるとか、そんなことはありません。全く同じように修行中の身でありますので、皆さんと、ここで語り合いをしたい、そんな気持ちでおります。
(6月15日)

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