バチカンから見た世界(22) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

マフィアと闘うバチカン

イタリア南部・シチリア島を訪問したローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が、同島のアグリジェント市から「マフィア関係者に忠告する。改心せよ! いつの日か、あなたたちにも神の審判が下る」と、マフィアを糾弾する歴史的なスピーチを行ったのは、1993年のことだった。マフィアの拠点で、拳を振り上げ、「自らの良心の内に多くの犠牲者を抱えるマフィア関係者は、無実の人々を殺すことはできないと知るべきだ。神は“殺すな”と言われた。なんぴとも、どんな団体、組織といえども、この聖なる神の法を変え、蹂躙(じゅうりん)することはできない」とも訴えた。

この1年前、シチリア島ではマフィアに対する捜査を続けていたジョバンニ・ファルコーネ検事とパウロ・ボルセッリーノ検事の2人が、マフィアの仕掛けた爆弾によって壮絶な死を遂げた。ボルセッリーノ検事の妻とファルコーネ検事の姉が、ヨハネ・パウロ二世に親書を送り、ローマ教皇によるマフィアの弾劾を要請した。敬けんな信仰者を装い、カトリック教会に敬意を表すマフィア関係者たちの前で、あいまいな態度をとるカトリック聖職者たちもいたからだ。

マフィアが根を張り、密着している地域では、宗教行列がマフィアのボスの家の前で、キリストや聖母、聖人の像を“お辞儀”させる挑発行為も行われていた。冒頭のスピーチは、そうしたカトリック教会に対する疑惑を一掃する、教皇の強い意志と姿勢を表したものだった。

教皇フランシスコは2014年、ローマ市内のカトリック教会で開催されたイタリアの反マフィア全国市民運動「リベラ」(自由)の集会に出席した。席上、スピーチに立ち、「地獄に落ちないために改心しなさい。あなたたちが歩み続けている道は、地獄への道です。あなたたちが、多くの汚い事業によって得た権力、金銭は、流血の権力、金銭であり、あの世には持って行けない」とマフィア関係者を戒めた。また、教皇は今年1月、バチカンでイタリアのマフィア対策本部の判事たちと面会し、「マフィアは根源的にカトリック信仰と福音に反する」とし、「死の文化の表現であるマフィアは、対抗し、闘っていくべきもの」と述べた。

こうしたマフィアを糾弾する二人の教皇のスピーチを背景に、バチカンの「人間開発のための部署」は6月15日、バチカン社会科学アカデミーの協力を得て「腐敗に関する国際討論会」を開催。世界的な問題である腐敗や、組織犯罪とマフィアとの関係を明らかにし、対処策を検討することが目的だ。マフィアや司法の汚職や腐敗に反対する活動の関係者をはじめ、司教やバチカン諸機関の代表、政府関係者、国連関係者、ジャーナリストら約50人が参加した。

討論会に向けて、教皇フランシスコは、「諸宗教の信仰者や無心論者を含めて、またキリスト教徒であるかどうかにかかわらず、全ての人々が協調していかなければならない」とアピールした。また、会議に参加したイタリアの反マフィア市民運動「リベラ」の創設者で、マフィアから死の宣告を受けているルイジ・チョッティ神父は、「汚職や腐敗が招く害を告訴し、その根を絶つことは、福音を基盤とするカトリック教会の活動」と主張。同国の反腐敗権威会長のラファエレ・カントーネ氏は、腐敗の問題に「初めて世界的な機関(バチカン)が対処した」事実を評価しながら、「世界に向けて発せられるべき基本的なメッセージは、腐敗がより貧しき人々をおとしめ、彼らの未来を略奪する行為であるということだ」と指摘した。

「人間開発のための部署」が討論会終了後に公表した声明文によれば、共同声明文の草案を作成しており、世界共通のカトリック教会の法的整備を進め、「汚職・腐敗とマフィアとの関係を“破門”によって対処するという検討もなされている」とのことだ。