DJボウズの音楽語り(12)最終回 文・戸松義晴(浄土宗心光院住職)

画・花本彰

EDEN

イギリスの音楽グループといえば、皆さんは誰を想像しますか。日本で一番有名なのは、やはりビートルズでしょう。ですが、あえて私が今回紹介したいのは、イギリスのグループであるエヴリシング・バッド・ザ・ガール(EBTG)です。ネオ・アコースティックの代表的なバンドです。

EBTGのデビューアルバムは、1984年に発売された「EDEN」というタイトルのアナログレコードです。特に私が好きなのが「each and every one」と「tender blue」。このアルバムを知っている人はなかなかいませんでしたから、発売当時は「何かおすすめの曲がある?」と人から聞かれると、得意げに「エヴリシング・バッド・ザ・ガールのEDENに収録されている『tender blue』がおすすめだよ」と言っていました。

アルバム「EDEN」

EBTGが結成され、「EDEN」が発売された1980年代前半は、世界の状況で見ると、西側と東側が対立する冷戦下で不安定な時期でした。イギリス国内でも、貧富の差が拡大し、炭鉱労働者のストライキや、頻発する暴動、度重なるアイルランド共和国軍(IRA)のテロなど、血なまぐさい衝突の時代でした。かつては「世界の工場」と呼ばれ、領地を拡大し、大英帝国として世界の覇権を握っていましたが、第一次世界大戦開戦によってイギリス一強の時代は終わり、徐々に国力は落ちていきました。ですが、時代が荒れている時だからこそ、人々の心に響く音楽が生まれるとも思います。例えば、ベトナム戦争のさなかに発売されたマーヴィン・ゲイの「What’s Going On」や、第2回前編で紹介した「If You Don’t Know Me By Now」は素敵な曲ですよね。

私がEBTGのレコードを買ったのは、この1枚きりですが、その当時、とても衝撃を受けました。この時代のイギリス音楽の雰囲気がよく分かるアルバムです。ジャズとロック、ソウル、ボサノヴァなどが混ざり合うような、一つのジャンルに固定されない新鮮な音が心に刺さりました。歌い方は、ソウルに比べると気持ちをぶつけるような熱はなく、肩の力が抜けたように歌われています。

他のグループの曲も聴いてもらえると、この時代のイギリス音楽を分かって頂けると思います。シャーデーの「SMOOTH OPERATOR」や、ワム!の「CARELESS WHISPER」なども聴いてみてください。

今回がこの連載の最終回となります。なぜ、お寺の住職である私が、仏教の話ではなく、音楽の話をしているのか。

私が住職を務める心光院は祖父の代から続くお寺です。小さい頃から、祖父の仕事を身近で見てきましたが、私自身は、熱心な信仰者ではありませんでした。音楽が大好きで、1日8時間は、音楽漬けの日々。大学は仏教学部のない慶應義塾大学なので、それまでは全然、仏教の勉強をしてきませんでした。大学3年生の時に、進路を考え出し、お坊さんの資格を取ってお寺を継ぐか、音楽の仕事や他の仕事に就くか、いろいろな企業の年収が載っている雑誌などを調べながら迷いました。

音楽の仕事を考えていたのは、ラジオから録音して自作の音楽テープを作ったり、DJをしたりする中で、この曲はヒットする、こういう順番でかけたら人を引き付けるということに、とても自信を持っていたからです。プロデューサーやディレクターに向いているよと、音楽業界の偉い人から言われたこともありました。

親からは、お寺を継がないのであれば、自立してお寺を出て生活をしていきなさいと告げられました。檀家(だんか)さんには、「よしはるちゃん、よしはるちゃん」と昔からかわいがってもらっていましたから、寂しく感じました。それに、お坊さんはお経を読んで感謝され、年を取れば取るほどありがたがられますから(笑)、普通の会社員とは違います。いろいろ調べましたが、最終的には、合理的な理由ではなく、信仰心でもなく、ただただ、檀家さんとの関係を失いたくなくて、お寺を継ぐことにしました。

ですが今でも、もしかしたら仏教の話よりも音楽の話の方が、いくら時間があっても語りきれないかもしれません(笑)。私にとって音楽は、体の一部であり、音楽を聴くと心が動きます。幸せな気持ち、悲しい気持ち、時にはキュンとすることもあります。聴いている時はそれぞれの曲によって、海や山といった自然、忙(せわ)しない都会の街並みなどさまざまな情景が浮かび上がり、曲にひも付いた自身の思い出の地もよみがえります。音楽を聴くことによって、自分のいる場所から旅ができるんです。

語り尽くせない音楽の話がまだまだありますが、DJボウズによる旅のご案内は今回まで。長い長い音楽語りにお付き合い頂き、ありがとうございました。

♪ 今回のおすすめ視聴

アルバム「EDEN」
https://mf.awa.fm/4ahqd54

「each and every one」
https://mf.awa.fm/4cM56cC

「tender blue」
https://mf.awa.fm/4azivmQ

「SMOOTH OPERATOR」
https://mf.awa.fm/3U3PQkd

「CARELESS WHISPER」
https://mf.awa.fm/4akydCw

プロフィル

とまつ・よしはる 1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学、大正大学大学院を経て、ハーバード大学神学校で神学修士号取得。現在、浄土宗心光院住職、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会理事長、浄土宗総合研究所副所長、国際医療福祉大学特任教授を担っている。全日本仏教会理事長、日本宗教連盟理事長などを歴任。趣味は音楽鑑賞(ソウルミュージック)