DJボウズの音楽語り(2)前編 文・戸松義晴(浄土宗心光院住職)

画・花本彰

If You Don’t Know Me By Now

フィラデルフィア(フィリー)ソウルの中で、一番印象的なのは、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツの「If You Don’t Know Me By Now」です。邦題は「二人の絆」。ソロバラードの名曲とされ、全米3位となったヒット曲です。

「If You Don’t Know Me By Now」のレコード。「I Miss You」も収録されている

もしかしたら皆さんは、この曲をシンプリー・レッドの曲として知っている方が多いのではないでしょうか。こちらは全米1位、全英3位となり、本家よりも大ヒットしました。

それまでのようなソウルミュージックというと、トランペットやサクソフォンといった管楽器がバックで流れて、シンプルなものでした。一方フィリーソウルは、黒人が魂の叫びのように訴えかけるソウルミュージックの伝統的な歌い方は変わらないまま、オーケストラを交えた独自のサウンドを作り出しました。

きれいなオーケストラの音色と、リードボーカルのテディ・ペンダーグラスの渋い声とのアンバランスさが、なんとも言えない心地よさを生み出していて、私はとても好きです。

ペンシルベニア州にあるフィラデルフィアは、アメリカの大都市の一つで、独立革命の原点であり、独立宣言が採択された土地で、自由を象徴しています。世界遺産都市に指定され、自由の鐘や、独立記念館が建てられており、初めて信教の自由が認められた地でもあります。

この曲は、ソウルミュージックの名門レーベル、フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(FIR)から出ました。ケネス・ギャンブルとレオン・ハフによって設立されたレーベルで、歌手たちはシグマ・サウンド・スタジオで、MFSB(Mother Father Sister Brother)というスタジオミュージシャンの音楽に合わせて歌うのです。この「Brother」というのは、血のつながりがなくても仲間に親しみを込めて呼びかける黒人の文化ですね。

レコードが発売された1972年は、多くのアメリカ人が出兵したベトナム戦争のさなか。ベトナム国内が南北に分かれ、その主導権を巡って戦闘が起こり、南側政府にアメリカが味方し軍事介入を実施。1965年から本格的に、南側の反政府組織と北側への攻撃を開始しました。しかし、アメリカ国内では軍事介入に対して反戦運動がくすぶり始め、テレビで民間人を殺害するアメリカ兵の様子が映し出されたことによって、「この戦争に大義はない」と反戦の声が広がっていきました。さらに、アメリカの制圧はうまくいかずに、この戦争は泥沼化していきます。

モータウンサウンドが出だした1960年ごろは、アメリカの黄金時代。第二次世界大戦後、超大国として世界に君臨し、経済がよく回り、皆が幸せで楽しいというイメージがありました。その時代とは反転し、ベトナム戦争の時代に歌われていた音楽には、世相が厳しい中、音色はきれいだけど、メッセージの中にベトナム戦争から受ける影響が表れていました。「If You Don’t Know Me By Now」の歌詞は、けんかした恋人に対して、二人の愛の絆を振り返りながら、仲直りしようよと、諭すような話です。直接的な言葉で反戦を唱えていなくても、愛の歌を歌うことで、戦争や暴力ではなく、愛を大切にしてほしいというメッセージが込められています。

でも、これにはプロデューサーたちの思惑があったんですね。なぜ、反戦に対する直接的なメッセージを歌詞に込めないのか。それは、ギャンブルとハフは二人とも黒人で、FIR、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのメンバーも黒人です。ただでさえ風当たりが強い中で、ビジネスとして成功しないといけない。メッセージ性を最初から出すと売れないので、白人に受けやすいラブソングとして出しました。「If You Don’t Know Me By Now」と同じレコードには、「I Miss You」というラブソングも入っています。MFSBも歌い手なしの「LOVE IS THE MESSAGE」を演奏しています。

MFSBの「LOVE IS THE MESSAGE」のレコード

ぜひ、シンプリー・レッドと聴き比べてみてください。全然違いますから。日本人には、ポップな感じが聴き慣れているかもしれませんが、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツの方は、歌詞の奥に込められた平和を願う心が伝わってくるはずです。

♪ 今回のおすすめ視聴
「If You Don’t Know Me By Now」
ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ https://mf.awa.fm/3NdeuvP
シンプリー・レッド https://mf.awa.fm/3AtERWN

次回は6月15日掲載

プロフィル

とまつ・よしはる 1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学、大正大学大学院を経て、ハーバード大学神学校で神学修士号取得。現在、浄土宗心光院住職、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会理事長、浄土宗総合研究所副所長、国際医療福祉大学特任教授を担っている。全日本仏教会理事長、日本宗教連盟理事長などを歴任。趣味は音楽鑑賞(ソウルミュージック)。