DJボウズの音楽語り(2)後編 文・戸松義晴(浄土宗心光院住職)
画・花本彰
Wake Up Everybody
前回(前編はこちら)お話ししたハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツは後に、ラブソングを歌うメンバーとは思えないほど、社会に対する批判と平和への願いを込めた曲を出すようになります。1975年に発売された「Wake Up Everybody」では、「If You Don’t Know Me By Now」のヒットで、メジャーなグループとなったことから、直接的なメッセージを歌詞に打ち出していきます。
1973年にアメリカはベトナム戦争から撤退し、多くの兵士と大金をつぎ込んだにもかかわらず第二次世界大戦後、初めて負けた戦争となりました。絶対的王者の自信は失われ、アメリカのトラウマとなった出来事です。また、同時に景気は低迷し、オイルショック、犯罪の増加、政治への不信、麻薬の蔓延(まんえん)と、人々の安定した暮らしや将来への希望は暗転しました。
「Wake Up Everybody」は、音楽はポップな感じで、歌詞の意味が分からないと楽しい曲だなという印象を受けるかもしれませんが、タイトルの通り、「目覚めろ!」と大衆に訴え、俺たちと一緒に世界を変えていこうと呼びかけています。
歌い出しは、「wake up everybody / no more sleeping in bed / no more backward thinking / time for thinking ahead(みんな、目を覚ませ! ベッドで寝ている場合じゃない。後ろ向きな考え方はやめて、これからのことを考えるんだ)」とたたき起こします。世界は変わり、アメリカの黄金時代とは違い、戦いと憎しみと貧困であふれている。だからこそ、未来を担う子供たちを育てる教師、医者、土地を開拓する建設者、一人じゃ何もできないから君たちの助けが必要なんだと。
2番では、私のような宗教者も含めて批判されているというか、正しいことをしろ、目を覚ませと訴えています。麻薬が横行するアメリカの薬の売人たち、いんちきな説教をする牧師、嘘(うそ)つきな政治家よ、と。
最後に、人種も信条も肌の色だってどうだっていいんだ、みんな互いが必要なんだ、みんなで協力して、赤ん坊に、子供たちに明るい未来、この世界をつなげていこうと、締めくくります。
そして、1曲を通して、何度も「wake up」と言うのです。
今から40年以上前に発売された曲ですが、今の時代と照らし合わせても、通じる曲です。この曲が作られたアメリカでは、黒人の奴隷制度の撤廃や公民権法の発効などによって、黒人も白人も法律上は平等とされましたが、今なお、居住地が分かれている所もあり、近年起こった「Black Lives Matter(人種差別抗議運動)」も記憶に新しいのではないでしょうか。戦争や紛争も各地で続いていますし、教育や貧困の問題、政治への不信というのは今も世の中にはびこっているものです。ベッドで寝ていて世を嘆くのではなく、起きて、自分たちの力で世界を変えていく。そして、次の世代の子供たちに未来をつなげていくことは、現代を生きる私たちにも「起きろ! 目を覚ませ!」と言われているようで、突き刺さりますよね。
フィリーソウルというと、ディスコ曲が有名で、メッセージ性のある社会派な曲のイメージはないと思いますが、その思いが隠れていたり、全面に出していたりする曲もあるんですよ。ソウルミュージックが好きな人たちにフィリーソウルを好きだと伝えると、シンプルに歌うソウルから反していると否定されてしまいますが、演奏と歌声とのギャップを楽しんで頂けたらと思います。
プロフィル
とまつ・よしはる 1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学、大正大学大学院を経て、ハーバード大学神学校で神学修士号取得。現在、浄土宗心光院住職、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会理事長、浄土宗総合研究所副所長、国際医療福祉大学特任教授を担っている。全日本仏教会理事長、日本宗教連盟理事長などを歴任。趣味は音楽鑑賞(ソウルミュージック)。