バチカンから見た世界(129) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

イスラーム・スンニ派とシーア派の和解を訴えるタイエブ総長

今年9月にカザフスタンの首都アスタナで行われた「世界伝統宗教指導者会議」(同国政府主催)、10月にイタリアのローマで聖エジディオ共同体(カトリック在家運動体=本部・ローマ)主催で開催された「第36回世界宗教者平和のための祈りの集い」、そして11月にはバーレーン王室が主催する「対話のためのバーレーン・フォーラム――東洋と西洋の人類共存のために」が挙行され、世界の諸宗教者による世界平和の構築に向けた貢献を探る国際会議や祈りの集いが相次いで実施された。ローマ教皇フランシスコも参加したこれら三つの世界規模での会議や集いに共通する基盤は、1986年に教皇ヨハネ・パウロ二世が世界の諸宗教指導者たちに呼びかけてイタリア中央部の聖都アッシジで実現した「世界平和祈願の日」の精神(アッシジの精神)と、2019年にアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで、教皇フランシスコとイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」(エジプト・カイロ)のアハメド・タイエブ総長が共に署名した「人類の友愛に関する文書」の精神を継承しているところにある。

だが、「アッシジの精神」も「人類の友愛に関する文書」の精神も、ベトナム戦争、キューバ危機、東西冷戦の終焉(しゅうえん)、米国同時多発テロとその後に叫ばれた「文明の衝突」論といった世界的な危機状況に対して、一貫して平和構築に向けた諸宗教間対話の重要性を主張し、擁護、促進してきた「第二バチカン公会議」と、同会議の影響を強く受けて創設された「世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)」の存在を背景に生まれてきたものであることを忘れてはならない。

WCRP/RfPには、第4回世界大会(1984年、ケニア・ナイロビ)にバチカンから初めて正式代表として派遣されたフランシス・アリンゼ枢機卿(当時バチカン諸宗教対話評議会議長)が参加し、WCRP/RfPを「平和を目的とする、世界で唯一、最高の諸宗教対話機関」と評価した。さらに、1994年にバチカンで開会式を執り行った第6回世界大会などを通して、公会議後に保守派の反動で停滞していたカトリック教会内部の諸宗教対話に向けた動きを再活性化させるという貢献をした。

また、イスラームの中で厳格で保守的な「ワッハーブ派」を主流とするサウジアラビアが、当時のアブドッラー国王陛下の提唱で、オーストリア、スペイン、さらにオブザーバーとしてバチカンが加わり、これらの国によって2012年に「アブドッラー国王宗教・文化間対話のための国際センター」(KAICIID)を設立。同団体によるイスラーム圏での諸宗教対話の促進に向けた影響力も大きい。教皇フランシスコとタイエブ総長が署名した「人類の友愛に関する文書」に加え、スンニ派の湾岸諸国で諸宗教対話に向けた道を切り開いていったのがKAICIIDであったとも言えるだろう。

今回の「対話のためのバーレーン・フォーラム」は、こうした現代史における世界平和のための諸宗教対話の推移を背景に開催されたものだ。タイエブ総長は、世界各国から200人を超える諸宗教者が参加した同フォーラムでスピーチした。この中で、「東西が正しい道を再構築する日が遅かれ早かれ来るだろう」と前置きしながら、「イスラーム内での一致と出会いに向けた真剣な対話」を呼びかけた。そして、イスラームの中での分裂に対して「心からの遺憾の意」を表明。「私たちの伴侶であるシーア派のムスリム(イスラーム教徒)たちに対して、心を開け広げ、手を差し伸べる」と言明した。

また、「私たちを分裂させていた原因に関し、共に許し、許される」ことの重要性を伝え、「憎悪のスピーチ、挑発や不信行為をやめ」「過去と現代の紛糾を克服しよう」と訴えた。そのためには、「宗派や教学の違いにかかわらず、私たちの兄弟である世界中のムスリムと法学者が、分裂、論争、宗派間対立の原因を排除することで合意と出会いをできるように集中し、一致と接近、そして宗教的、人間的友愛を構築していくための真剣な対話を展開していこう」とアピールした。これは、中東地域で、歴史的、宗教的、政治的に対立してきたイスラーム・スンニ派とシーア派間の和解を、対話によって解決していこうという、「アズハル」「ムスリム長老評議会」で要職に就くタイエブ総長からの呼びかけだった。

タイエブ総長のスピーチは、違いを克服し、イスラームと、その現実的ビジョンを基盤とする一致を強化していくため、同じテーブルに着き、イスラームとイスラーム法の目的を遂行し、分裂と不和の呼びかけに耳を傾けないようにという訴えだ。同総長は、「諸国間の不安定を誘発する罠(わな)、民族的、宗派的な目的達成のための宗教の利用、一国家の主権の弱体化や領土略奪を目的とする内政干渉を避けよう」とも主張した。