気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(46) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

「私は当時、視野が狭くなってしまっていました。本当はプラスの部分がいっぱいあったのに、マイナスの部分しか見えていませんでした。『夢を叶(かな)えたかった』という気持ちでいっぱいだったのです。しかし、よく考えてみると、車も家も持つことができた。英語もできるようになった。体を鍛えることだってできたし、新たな出会いもあった。ヨーロッパの国々を旅することもできたし、世界の一流サッカー選手たちと過ごし、触れ合うことができた。私ができなかったのはただ一つ。選手としてフィールドに出られなかったこと。それだけなのです」

彼が苦しんでいた理由は、「自分がフィールドに出られなかった」ということしか見ていなかったからだ。しかし、実際には、たくさんのものをすでに得ており、それに気づき出した時にはもう、彼の苦しみは消滅していた。

オンライン説法会。パイサーン師(左上)、筆者(右上)、プラユキ・ナラテボー師(下)

「プラスに見る」とは、こういうことなのだと実感するエピソードだった。この日の説法は、「自分が今、すでに手にしているものに目を向けること。得られなかったことではなく、自分が得たものをはっきりと見るということなのだ」というパイサーン師の説得力ある解説で締めくくられた。

私たちはついつい、失ってしまったものや、こうあったらいいな、と思うものばかりに目が向いてしまう。特に今年は、新型コロナウイルスの影響で、私たちの生活が大きな変化を余儀なくされ、なおさら、思い描く理想と現実とのギャップに落ち込んでしまいがちだ。しかし、誰にでも、今あるもの、手にしているもの、意識していないだけで実は得ていたもの、さらに姿形はないが善きこと、善きものが必ずあると私は思っている。パイサーン師の力強いメッセージから、私自身が、多くの善きものに恵まれていたことを再認識できた。

実はこのオンライン説法会自体がそうだ。本当ならこの時期、パイサーン師を日本に案内して説法会を開く予定だった。しかし海外渡航が制限されるという一見マイナスの面がプラスに働き、オンラインによってより多くの方に師の説法を届けることができたのだった。

今あるもの、得たものをじっくり思い起こし、見直してみる。そうした姿勢で、残り少なくなったこの2020年を振り返ってみたいと思う。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後、タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県にある瞑想(めいそう)修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」(旧ライトハウス)でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。