気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(44) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)
しばしのお別れ。夕暮れ時になり、夫がピックアップ車の荷台に2匹を乗せて、エーさん宅へ向かった。しばらくすると、夫が興奮気味に戻ってきて、私と息子に「ブラックとブラウンを見に行こう!」と告げて私たちは車に乗った。実はこんなことがあったらしい。
道中、1匹の犬がけたたましく吠(ほ)え、夫の運転する車を追い掛けてきた。その吠え方は尋常ではなく、またそれに呼応するかのようにブラック&ブラウンも鳴いていた。その声を聞いた夫は、〈ひょっとして!?〉と思い、車を停めて子犬たちを降ろし、その犬のもとに連れて行った。すると子犬たちはその犬のもとに駆け寄って、お乳を吸った。つまり、追い掛けてきたのは2匹の母犬だったのだ。
思いがけない感動の再会だった。母犬に再会できた子犬たちの姿を、私も息子も確認し、とてもうれしい気持ちになった。と同時に、親子の絆がどれほど深いものかを彼らから教えられた気がした。母犬からは荷台にいた子犬たちの姿は見えなかったはずだ。おそらく匂いだけで、自分の子だと認識したのだろう。そして子犬たちは母犬の声を覚えていて、精いっぱい「ここにいるよ」と叫んでいたのだ。
結局、子犬たちは道に捨てられていたのではなく、母犬とはぐれてしまったか、ふとした瞬間に子犬だけになったところを、エーさんたちが見つけたのだろう。エーさんたちも子犬たちを思い、私たちも彼らを思い、母犬もきっとこの期間、心配な思いで過ごしていたのだと思う。
突然、風のようにやってきた家族。2匹とはたった1週間でお別れとなった。でも、本来戻るべきところに戻ることができたのだ。ちょっぴり寂しさは残るけれど、小さないのちが残してくれた物語は、今も私たち家族の心を癒やしてくれている。
プロフィル
うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後、タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県にある瞑想修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」(旧ライトハウス)でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。