バチカンから見た世界(98) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

一方、パキスタンのキリスト教徒たちは、「聖ソフィア(アヤソフィアのこと)で金曜日にムスリムが祈り、日曜日にキリスト教徒が祈れるようにしたらどうか」と提案している。同国のアビッド・ハビブ神父(カトリック)は、諸宗教対話の場において、イスラーム法学者たちが預言者ムハンマドの言行録(ハディース)を引用しながら、「彼がメディナ(サウジアラビア)のモスクをキリスト教徒たちに開放したという発言をよく耳にした。また米国・ボストンにあるカトリック司教座聖堂が、イスラームの金曜礼拝に使われている例もある」と指摘する。

ミャンマーのヤンゴン大司教であるチャールズ・ボー枢機卿(アジアのカトリック司教協議会連盟会長)は、同国に住むムスリムの民族であるロヒンギャを擁護するため、常に声を上げてきた人物だ。同枢機卿は、アヤソフィアのモスク化を「宗教と信仰の自由に対する不要な攻撃」と非難する。信仰は人間の魂や心の問題であるが、「聖なる殿堂は、数千年にわたる歴史、伝統、芸術、聖像、守られてきた信仰を内に秘めている。それが否定される時、その殿堂は権力や征服の象徴として使われる」と問題の大きさを指摘している。

加えて、人類全体がコロナ禍に直面する今、「私たちは共同体を分裂させるのではなく、一致させる努力をすべきだ」と主張。宗教をアイデンティティーのようにする政治のあり方、(宗教を使っての)権力の駆け引き、宗教紛争を回避し、一人ひとりの人間が持つ尊厳を尊重していかなければならない」と戒めた。

「アズハル」のタイエブ総長は9月14日、エジプト・カイロで、アルメニアのゾフラプ・ムナツァカニャン外相と懇談した。アルメニア国民の大半は、アルメニア正教会の信徒だ。懇談の中で同総長は、「イスラーム、キリスト教そのものが、戦争や紛争の原因であったことはない」と語った上で、世界にはさまざまな宗教があるが、「どの宗教、どの信仰をも政治に巻き込んではならず、道具として利用して紛争や戦争をもたらすことがあってはならない」と強調した。「アズハル」が説く教えは、「全ての人間が家族、兄弟」であり、「預言者ムハンマドの教えも、人間の間における友愛を確証するものだ」と述べた。

「アヤソフィアのモスク化」に対して、世界の諸宗教指導者から数多く批判の声が上がり続けていることを受け、トルコの宗教庁は9月30日に『聖ソフィアのモスク』をテーマとするシンポジウムを開催して批判に応えていくと公表した。だが、これについても、アヤソフィアを「トルコ・イスラーム文明の中で、モスクとして位置付ける」ために開催するのだろうとの推測が国際世論として高まっている。