バチカンから見た世界(95) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

アヤソフィア(写真AC提供)

歴史的建造物「アヤソフィア」がモスクに(2) 子供の頃の夢が実現したとエルドアン大統領

4世紀にキリスト教の聖堂として建立されたのを起源とし、6世紀に大聖堂として創建された後、15世紀にモスク(イスラームの礼拝所)になり、20世紀に博物館とされたトルコ・イスタンブールにある歴史的建造物「アヤソフィア」。

世界遺産に登録されているアヤソフィアで7月24日、86年ぶりにイスラームの金曜礼拝の儀式が執り行われた。

これは、トルコ国家評議会(最高行政裁判所)が「アタチュルク初代大統領がアヤソフィアを博物館とした1934年の決断を無効」とする判断を下し、現在のエルドアン大統領が今年7月10日に同博物館をモスクとする大統領令を公布して以後、初のイスラームの礼拝儀式だった。アヤソフィアの入り口には「アヤソフィアの大モスク」と書かれた看板が掲げられ、オスマン帝国軍によるコンスタンティノープル(現・イスタンブール)の征服後に、アヤソフィアの四方を囲むようにして建てられたミナレット(イスラームの尖塔=せんとう)からは、信徒たちを礼拝に誘うアザーンが流された。床にあるキリスト教関係のモザイクは水色のカーペットで覆われ、壁画はカーテンで隠された。

宗務庁のアリ・エルバシュ長官がこの日の礼拝を執り行い、エルドアン大統領をはじめ約1000人の政治家や宗教指導者、信徒たちが参加。アヤソフィア前の大広場は、中に入れない信徒たちで埋め尽くされた。群衆の中にはオスマン帝国軍の軍旗を振る人や、アタチュルク初代大統領が1925年に着用を禁止したフェズ(オスマン帝国時代のトルコ帽)をかぶった信徒たちの姿も見られたという。

エルドアン大統領は、アヤソフィアでの礼拝を前に、「子供の頃に抱いていた夢が実現した」と語っていた。加えて、1453年にコンスタンティノープルを征服し、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)を滅亡させたオスマン帝国のメフメト二世(1432―81)が好んで暗唱したとされる、イスラーム聖典の2節を朗読していたと伝えられる。

この金曜礼拝が執り行われた7月24日という日付も、政治的な意図が含まれているのではないかといわれている。1923年7月24日は、スイス・ローザンヌで、第一次世界大戦勃発から続いていたオスマン帝国と連合軍(フランス、英国、イタリア、日本、ギリシャ、ルーマニア)との戦いに終止符を打った講和条約(ローザンヌ条約)が締結された日だ。同条約は、オスマン帝国の事実上の崩壊を意味した。歴史の針を逆戻りさせることにより、崩壊したオスマン帝国の過去の栄華を“新オスマン帝国主義”というイデオロギーによって再び復興させようとする現政権の試みとしても受け取れる。