バチカンから見た世界(6) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

欧州に広がるポピュリズムに、歴史からの警鐘

欧州各国の社会で、「ポピュリズム」という言葉が語られるようになってから久しい。政治家が、人々の感情や情緒に訴えて、時には不安をあおって人気を得ようとする手法のため、「大衆扇動主義」とも呼ばれる。この政治手法は、グローバル化によって国や個人のアイデンティティーが喪失されていくことに恐怖感を持つ人々の心を捉えた。「自国第一主義」を主張する極右政党の勢力が拡大しつつある。一方、自国の優越性を強調する「国粋主義」が広がり、社会から寛容性が失われることに懸念も広がる。

欧州のポピュリストたちは、地中海を渡って、大挙して押し寄せる移民や難民、特に、ムスリム(イスラーム教徒)の人々の波におびえる市民の不安をあおり、国境に「壁」を築くことで入国を阻止し、キリスト教の伝統を守ろうと訴える。大衆の不安、恐怖、不満が支持の源だ。従来の制度や既成政党の姿勢を非難し、一貫して、欧州連合(EU)と統一通貨(ユーロ)からの離脱をアピールし、英国で見られた国民投票によるEUからの離脱を称賛する。

フランスの極右政党「国民戦線」のルペン党首は、「移民、難民に対する国境の閉鎖」「フランスのアイデンティティーとしてのキリスト教の擁護」「EU離脱を問う国民投票の実施」を公約に掲げ、今年4月に予定されている大統領選挙で当選しそうな勢いにあると伝えられる。また、オランダでは、「ムスリムからの解放」「EU離脱」を唱える「自由党」のウィルダース党首が、今年3月に実施される議会選挙の世論調査でトップを走る。今年9月に議会選挙が予定されているドイツでも、「イスラームの脅威」「EUとユーロからの離脱」を主張する極右政党「ドイツのための選択肢」(ベトリー党首)が急伸してくると予想されている。

昨年12月に実施されたオーストリア大統領選挙は、「緑の党」と極右「自由党」の間で争われ、緑の党の候補者が勝利した。しかし、ここで目立ったのも、極右政党の急伸だ。この背景に、欧州統一の理念が、時とともにその「魂」を失い、市民の目に、EUが官僚制のシンボルのように映っている状況がある。EUへの信頼が失墜する中で、ポピュリストが台頭し、欧州統一という夢の鎮魂歌が奏で始められている。さらに、米国で、移民、難民の入国阻止や自国第一主義を掲げるトランプ氏が大統領に就任し、欧州のポピュリストたちを勢いづかせた。

しかし、キリスト教指導者のポピュリズムに対する批判には、厳しいものがある。トランプ大統領の就任式が行われた1月22日、スペイン日刊紙のインタビューに応じたローマ教皇フランシスコは、「欧州のポピュリズムの典型的な例は、1930年代のドイツだった」と発言した。民主国家のワイマール共和国が崩壊したのち、ドイツ国家の再建のため、「アイデンティティーを模索していた時、“私にはそれを与えることができる”と名乗り出たのが、ヒトラーと呼ばれる青年だった」と指摘した。そして、それを国民が支持したと歴史を振り返った。

その上で、教皇は現状を憂うように、こう示唆した。「危機に陥ると、人々から分別がなくなる。失ったアイデンティティーを取り戻してくれる救世主を探そうとする。そして、壁や鉄条網を築いて、アイデンティティーを他の人々から防御するようになる」と。社会から寛容性が失われようとする今、過去の悪夢が頭をよぎる。イタリアの「グローバリスト2.0」(電子版)は2月4日、英国国教会のカンタベリー大主教が、主教会議の席上、欧米のポピュリストや英国のEU離脱に投票した人々の姿勢を「ファシズムの政治伝統に追随するもの」と批判し、懸念を表明したと伝えた。