栄福の時代を目指して(24) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

理念と価値のデジタル・プラットフォーム――友愛の倫理的ネットワークへ

さて、複数の署名活動が理念や価値を共有している場合、その相互のエールや連携が可能になる。私たちも、「生活と平和」署名発起人一同の緊急声明を出すとともに、上記の赤根所長制裁反対の署名運動に対する協力を呼びかけた。赤根所長にも私たちの緊急声明をお知らせして励ましたので、赤根所長からも謝意や示唆をいただいた。これは一方向的なものだが、連携の一例だ。

そして、そのような連携がシステムとして共通のプラットフォームを発展させることも考えられるだろう。署名者はその内の一つに署名するのだから、他の署名と関わる必要はないが、プラットフォームの側からすれば、理念や価値を共有する署名活動やその代表者たちをサポートすることになろう。

ここに現れるのは、理念と価値を明確にし、それに共鳴する市民が結びつくデジタル・プラットフォームである。そこでは、理念を具体化するさまざまな課題について署名運動を行うことができる。署名によって限定的な信託が生まれ、署名代表が行動し、その活動を可視化して署名者に報告する。さらに複数の署名運動を通じて、共通する理念と価値を持つ市民、発起人、政治家などが重層的に結びついていくことも考えられる。

もっとも、一つの署名への賛同が、その背後にある全ての理念や、他の署名への賛同を意味するわけではない。個別署名への限定的信託と、より広い理念・価値のプラットフォームへの参加は区別されよう。そして複数の署名に共通する理念や価値に共鳴する市民が、その意思を表明してプラットフォームに参加するならば、そこには一段広い信託関係が成立し得る。個別の署名、理念と価値のプラットフォーム、さらに政治的結集という複数の層を区別しながら、下から上へと政治的連携を形成し得るのである。

さらに、理念と価値を共有し、それを政策として実現しようとする政党や政治家と協力し、応援する機能を持つことも考えられる。先に政党を選んでその政策を一括して支持するのではなく、まず理念と価値があり、それに照らして具体的な政策や政治活動との関係を形成していくのである。政治的立場を超えて熟議により価値を共に創り出し、その価値共創を政治へとつなげていくこともあり得るだろう。

こういったシステムが発展すれば、人々の政治的意思表示という民主主義の基礎を充実させることができるのではないか。このような可能性が生まれたのは、デジタル技術が発展したからだ。もちろん、政党が複数あるように、プラットフォームも複数成立し得る。

たとえば「生活と平和」署名運動がこのように発展するならば、人々の生活や平和を守るということが基礎的な理念となるだろう。エネルギー危機打開のためにイランとの友好的外交を求めるのだから、そこには国家間の友好という理念も存在する。これは私の思想からいえば、徳義共生外交であり、友愛外交でもある。徳義共生や友愛は、国際的な理念であるとともに、国内における理念でもある。そして、共通のプラットフォームが複数の署名活動を育み、それらの活動から幅広い連帯のネットワークが発展する可能性も考えられよう。それは、友好的関係のネットワークだから、さまざまな理念や美徳の中で、人間関係の理念としての「友愛」と特に関係し、友愛ネットワークとも言えるだろう。

このように共通のプラットフォームが複数の署名活動を育み、それらの署名者や代表者が互いに支え合えば、単なる組織上の連携ではなく、共通の理念を媒介とする「友愛のネットワーク」へ発展するかもしれない。特定政党の浮沈を超えて、このような理念と価値のプラットフォームやシステムが発展すれば、日本における精神性の向上や発展に寄与し得るのではないだろうか。

これは、デジタル時代における精神的・倫理的ネットワークにもなる可能性がある。ここでいう「倫理的ネットワーク」とは、単なる利害や組織上の結びつきではなく、善い社会や政治を目指す理念と価値を共有する人々が、それぞれの立場を超えて結びつくネットワークを意味する。その基礎に友愛を置くならば、これは「友愛の倫理的ネットワーク」と呼ぶことができよう。

しかも、それは政治的ネットワークであるだけではない。理念や価値を共有し、人間や社会のあり方を問いながら結びつくという意味では、精神的ネットワークでもある。そしてデジタル空間という媒体は、特定の宗教や宗派への所属を前提とせず、異なる宗教的伝統や無宗教の人々をも、共通する倫理的・精神的価値によって結びつけることができる。その意味では、特定宗教を超えた広い意味での宗教的ネットワークも、その射程に入ってくるだろう。私は善い政治の基礎に精神性が必要だと考えているので、倫理的ネットワークが善き政治を実現する一助になる可能性を感じている。

理念から始まる「生活と平和」への結集

では、政治とどう関連するのだろうか? たとえば中道改革連合は、その理念においては「生活と平和」を目指しており、思想的には徳義共生主義(リベラル・コミュニタリアニズム)と通底する面があった。しかし、政策的には右派連合になってしまったので、理念に背反する政治的行動を取ってしまった。この結果、成立時には期待した多くの市民に見放されて、あえなく瓦解(がかい)してしまったわけだ。

これに対して、「生活と平和」という理念を真剣に現実化させようとすれば、エネルギー危機においては政府の対米追随外交に反対し、イランとの友好外交を求めたはずだ。自由やリベラルな価値を重視するならば、前国会の最後には野党第一党として内閣不信任決議案を出したはずだ。

そうしなかったということは、この政党が自分の掲げた理念に即して行動しなかったことを示す。責任者たちは「現実主義」という言葉で説明しようとするだろうが、理念に明確に反する行動は理念への裏切りである。だから、理念に基づくはずの政党の瓦解は、自業自得と言わなければならない。

よって次の結集は、組織を先につくるのではなく、理念と価値を共有するネットワークから始めるのが良いのではなかろうか。「政党の合同→理念の共有」ではなく、「理念の共有→ネットワーク→必要に応じた政治的結集」という順序である。

もともと立憲民主党が発足時に熱い期待を集めたのも、安保法制反対を通じて人々が「立憲」という理念に共鳴したからだ。当時期待された草の根の民主主義を、今度は理念と価値のネットワークとして再生することが重要だろう。

デジタル民主主義のポジティブ・キャンペーンを

沖縄知事選で玉城デニー知事が敗れた一因として、総選挙における中道改革連合の敗北と同じように、ネガティブ・デジタル・キャンペーンが激しく行われたことが指摘されている。所在地を特定できた関連X投稿の88.1%が沖縄県外から発信され、出口調査では約4割が投票先決定時にSNSを重視したというのである(共同通信、9月15日)。

さらに高市政権は、内閣広報室について、2026年度約7億円だった予算に対して、2027年度概算要求では72.3億円と10倍を超える額を要求している。しかも、これとは別に内閣府の政府広報費も、2026年度の約78億円から2027年度概算要求では約280億円へと3倍以上に膨らんでいる。そのうち約188億円は「日本成長戦略における重要な政策の広報」とされているものの、両者を合わせれば、政府・内閣の広報関係の概算要求は約350億円に達する。そこで、このような急増は政権の宣伝強化ではないか、と批判されている。ナチス・ドイツがゲッベルスを宣伝相として大規模な宣伝を展開した歴史を連想させる。真実から目を逸(そ)らせ、宣伝や広告によって人気を維持しようとする政治は、ポピュリズム政治の特徴なのだ。

このようなキャンペーン政治の行く末は、自由民主主義の形骸化や破壊に他ならない。デジタル・ネガティブ・キャンペーンには本格的な法的規制が行われるべきだが、そのためにも政治的変革が必要だ。迫りくる生活と平和の危機から守るためには、倫理的に不正なキャンペーンに対して、自由や民主主義を守るためのポジティブなデジタル・キャンペーンを積極的に行っていくことが必要だろう。ポピュリズム政治を生む虚偽や誹謗中傷のキャンペーンではなく、真実に基づく批判と希望を甦らせるようなデジタル民主主義キャンペーンだ。

その中心に据えたいのが「デジタル・ポジティブ・キャンペーン」である。これは、批判や反論をしないという意味ではない。虚偽や誤情報には検証可能な事実を示して打ち消し、重要だが十分に知られていない信頼できる情報を積極的に広げる。同時に、理念や政策、実現したい社会の姿を提示して、人々が参加できる希望の物語をつくるのである。キャッチフレーズは「虚偽には事実を、絶望には希望を」や「真実と希望の物語」になる。

このデジタル民主主義の構想には、二つの生成がある。第一は、市民の直接的な参加の中から「署名代表」という新しい代表関係が生成することである。第二は、理念と価値の共有を起点として「友愛の倫理的ネットワーク」が生成し、それが政党の境界を超える「超政党」の連携へと発展して、それが触媒となって、必要に応じて新たな政治的結集が生成することである。

「参加から代表へ」「理念から倫理的ネットワークへ、友愛のネットワークから政治へ」――この二つの生成から、新しいデジタル民主主義の可能性が開けるのではないだろうか。

前回に書いた内閣不信任デジタル署名は、民主主義を再生させるための一案だ。そのような直接民主主義的運動が政党を超えて始動して全国を席捲(せっけん)すれば、「生活と平和」への結集が開始されるかもしれない。救国のために獅子吼(ししく)する政治家たちは現れないだろうか?

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究院長、千葉大学公共研究センター長で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘(しょうへい)教授兼任。専門は公共哲学、政治哲学、比較政治。2010年に放送されたNHK「ハーバード白熱教室」の解説を務め、日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。日本ポジティブサイコロジー医学会理事でもあり、ポジティブ心理学に関しては、公共哲学と心理学との学際的な研究が国際的な反響を呼んでいる。著書に『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)、『アリストテレスの人生相談』(講談社)、『神社と政治』(角川新書)、『武器となる思想』(光文社新書)、『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社)など。

▲