利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(81) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

うち続く機密費操作露見

さらに東京オリンピック招致に関連して、石川県の馳浩知事が、当時の安倍首相から「金はいくらでもある。官房機密費もある」などと告げられて、当時の国際オリンピック委員会(IOC)委員に1冊20万円のアルバムを作製して配ったと発言した。撤回したものの、一度口にした真実を隠しても信じる人は少ない。木原誠二前官房副長官の妻に関する元夫の死をめぐる問題も、森友学園事件における赤木俊夫氏の自死のように、政治権力が陰で行使されたという疑いもある。これは、言うまでもなく法治国家にあるまじきことである。

官房機密費については、野中広務元官房長官がTBSの番組「NEWS23X(クロス)」で政治評論家に渡したと語って、メディアに登場する人々を懐柔していたことが判明した。いわゆる「文化人工作費」として、国会などの統制を免れた金銭がメディア操作や言論操作に使われていたことになる。すでに、日本学術会議の理事任命拒否問題などで、政権による学問や言論統制の意図は明るみに出ていたが、露骨に明らかになったわけだ。

新しい「源氏」は何処に?

現内閣においては10月末から11月前半にかけて、起用したばかりの副大臣・政務官3人が次々と辞任した。文部科学政務官が買春疑惑、法務副大臣が公職選挙法違反、財務副大臣が税金滞納という、自分の職務に関する規範に正面から抵触する道徳的ないし法的不祥事だ。この約1カ月後に前述した裏金問題が一気に噴出した。政治的汚濁が明々白々となり、政治への信頼は決定的に失われたと言わざるを得ない。

加えて円安や物価高などの経済問題も、アベノミクスの金融緩和政策が失敗した結果である。要は、安倍政権以来の巨大な失政や麻痺(まひ)した倫理感覚、政治腐敗が、ここにきて一気に明るみに出て、自民党の政権復帰以来、最低の政権支持率(23%)、最高の不支持率(66%)を招いているのである(朝日新聞世論調査、12月16・17日)。

因果応報という仏教的原理から見れば、悪事は必ず悪い結果をもたらし、いかなる権力者も衰退や滅亡の運命を免れない。『平家物語』の伝えてきた宗教的真実はここにある。権力をほしいままにした平家の奢(おご)りが没落を加速させたように、長期政権を誇った安倍派の奢りが同様の運命を招いている。安倍派幹部の総退陣というニュースは、「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛(たけ)き者も遂にはほろびぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)におなじ」という文句を連想させ、勧善懲悪説話における悪党一味の一網打尽という雰囲気さえ漂う。

平家滅亡譚(たん)は、源氏勃興の物語でもある。創価学会の池田大作名誉会長も死去し、公明党にも深甚な影響が予想されるから、自公の連立与党には厳しい事態が見込まれる。対する野党の側はどうだろうか。源平合戦においては、源氏側にも木曽義仲、源義経、源頼朝などの英傑の間に角逐があってから、鎌倉幕府が成立した。今日(こんにち)の政治に源氏役の政党や政治家が現れるのだろうか。

もっとも、私たちは拱手(きょうしゅ)傍観しているだけではいけない。悪事の露見は、政治的浄化の機会が到来したことを意味する。それをどのように実現するのかが、日本政治に、そして究極的には主権者たる私たちに問われている。清らかな政治、徳義に基づく共生の政治が実現する第一歩になってほしいものだ。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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