利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(79) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

イスラエル・ガザ「戦争」

ウクライナとロシアの戦争が続く中、もう一つの戦争が始まってしまった。パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラーム武装組織ハマスが、イスラエルに約2500発のロケット弾を発射し、100人が死亡し、800人以上が負傷した(10月7日)。イスラエル政府は「戦争状態」という声明を出して、ガザ地区に報復の空爆を開始し、ガザ地区の住民110万人に退避要求を出して地上侵攻の準備を整えた(16日)。アメリカは人道危機への対処には傾注しているが、地上侵攻は黙認している。アメリカやヨーロッパの多くの国々がイスラエル寄りであることは否みようがない。安保理決議にも採択の見通しはない。

このまま侵攻が行われると、また多くの人命が失われてしまいかねない。イスラエルには、パレスチナ人を追い出そうとする勢力があるので、このまま進むと、大量の人々が故郷を追われてしまう。イスラエル建国時に約70万人のパレスチナ人が難民として追いやられて大破局(ナクバ)と呼ばれているが、ガザ住民の8割はその人々や子孫であり、それが再現されかねないのである。

中東の戦争

この紛争は、第二次世界大戦直後のイスラエル建国から始まる最大の世界問題の一つだ。4回も中東戦争が行われ、世界規模の戦争になることが危惧されてきた。1993年に、パレスチナに暫定自治区を設置してイスラエルとパレスチナの共存を目指すという歴史的合意(パレスチナ暫定自治合意、いわゆるオスロ合意)が成立したが、イスラエルの右派政治家・政権によって2000年以降に崩壊してしまった。その後、パレスチナ側が内部で分裂し、パレスチナを支援していたアラブ諸国にも、イスラエルとの国交を結ぶ国が現れた。そこで今は、アラブの他の国々も含めてすぐに新しい中東戦争が開始される状況ではない。しかし、ガザ地区をはじめパレスチナの状況は、人道的により深刻になっている上に、かつての石油危機のように国際的に問題状況が深化して、「文明の衝突」を拡大してしまう可能性もなお存在している。

宗教戦争

この問題には宗教的背景が存在している。そもそもイスラエルは、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害によってユダヤ人への同情がキリスト教世界で高まったため、第二次世界大戦後に国連決議に基づいて、かつてユダヤ王国が存在していた地に新しい国家として1948年につくられた。ところがそこには、イスラームを信じるパレスチナの民がいたのだ。パレスチナの人々は住んでいた土地を追い出されることになり、ユダヤ教徒やそれを支援するキリスト教国家とイスラーム諸国との争いが生じたのである。オスロ合意の崩壊も、イスラエルの右派政治家アリエル・シャロン氏(後に首相になる)が聖地とされるエルサレムを訪問したことが契機となった。エルサレムの旧市街は、ユダヤ教・キリスト教・イスラームの聖地とされている。この地の東にユダヤ人地区があり、「嘆きの壁」と言われるユダヤ教の聖地がある。その「嘆きの壁」の上はムスリム(イスラーム教徒)地区に属し、「岩のドーム」というイスラームの聖地が重なっている。シャロン氏の聖地訪問が、礼拝中だったムスリムを刺激して暴徒化し、各地で衝突が再発したのである。

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