『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(3) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

これまで3回も国会で審議され、この法案の危険性が指摘されて廃案となった。今国会では政府や与党は「テロ等準備罪」と呼んでいる。でも、これは正式名称ではないし、以前の法案と内容には大差がないから、テロ対策の美名によって反対を減らそうとしていると言わざるを得ない。実際、法案で挙げられている277の犯罪の中に「テロ等準備罪」はない。この法案は、マフィアなどを取り締まるための国際的な条約(国際組織犯罪防止条約)を締結するためとされている。でも、この条約はテロ対策を目的とするものではないし、日本では十分な既存法があるので新たに作る必要はないのである。

この法案は権力による監視を強化し、捜査機関の判断次第で一般人や市民団体が処罰されるようになると批判されている。戦前は「治安維持法」によって、政権や戦争に反対した人々が逮捕された。共謀罪にも似たような危険があるから、「現代の治安維持法」と言われている。戦前にも政府は「一般の人々は関わりがない」と説明して治安維持法を成立させたが、多くの一般人に対して用いられたのだ。

国会で政府は、犯罪資金の獲得のために山で違法にキノコ採りをするだけで処罰されうるとした。法務大臣の説明とは反対に、法務副大臣は一般人でも捜査の対象になりうるとした。要するに、悪質な組織的犯罪集団と関係がない一般人でも、その人が属する集団に犯罪計画の疑いがかけられれば、捜査されうるわけだ。沖縄の辺野古基地建設に反対する市民運動のリーダーは微罪で長期間拘留され、その演説に拍手した市民が共謀していたとされた。これを見れば、共謀罪が市民運動に適用されることも十分に考えられるだろう。

脅かされるのは政治的な市民団体だけではない。戦前の治安維持法は宗教団体の弾圧にも用いられた。大本や創価学会は治安維持法によって幹部が検挙されたのだ。

宗教団体では人々が集まり、話し合う。冒頭で挙げた例のように、結果として犯罪につながるような言葉がその場で交わされれば、謀議とみなされうる。平和的な宗教団体でも権力にとって邪魔になれば、実際には犯罪を行わなくとも「共謀」を名目にされて弾圧を受ける可能性が生じる。状況次第で、性格が変わって組織的犯罪集団になったとみなされかねない。共に語り合うことが共謀とみなされうるから、共謀罪によって宗教こそ弾圧を受けやすいのだ。

公共的活動を一切しない宗教なら、共謀罪は関係がないかもしれない。けれども宗教団体が公共的活動を真剣に行おうとすれば、問題が生じうる。共に語り共に行動することが、「共謀」とされるかもしれないからだ。要するに共謀罪法案とは、公共的な宗教にとっては戦前のように不当な弾圧を受ける危険が再び現れることを意味する。よって公共的な市民運動も宗教も“窒息”させかねない。この法案は是か非か――信仰を持つ人こそ、この問題を真剣に考えるべきなのだ。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院社会科学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。