共生へ――現代に伝える神道のこころ(16) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部教授)

秩父神社の拝殿の木鼻に施された麒麟と獅子の彫刻(写真は、筆者提供)

装飾の表現に心を向けて

一方、神使や縁起がよく吉祥の兆しとされる動植物を社殿に装飾として彫ることもある。埼玉県の秩父神社では、本殿に神社の神使として「北辰(ほくしん)の梟(ふくろう)」が彫られている。時には神門や社殿に神社の御神紋などが刻されることもあり、東照宮なら葵(あおい)の御紋、八幡宮であれば巴紋(ともえもん)や源氏の家紋である笹竜胆(ささりんどう)、春日社では下がり藤(藤の花)といったように、社殿細部の彫刻や装飾が神社の信仰や教学と少なからず関係していることもある。

こうした社殿の彫刻が持つ象徴的な意味については、その彫刻が用いられた神社や建物の性格によっても異なる。日光東照宮の三猿のように、単独ではなく複数の彫刻を組み合わせ、配列することによって特別の意味を持たせる場合もあり、社殿ならびにその建物の彫刻に神学的な意味があるとされるケースもある(高藤晴俊著『日光東照宮の謎』、講談社現代新書など)。

また、神社の社殿の木鼻によく彫られているものとしては、吉祥や威厳を表す虎や龍、兎(うさぎ)、亀などが挙げられる。特に獅子(唐獅子)のように、“霊獣”と呼ばれる類いのものは、社寺の彫刻の中では主役的な位置にあるため、その一部を紹介しておこう。

まず、十二支にも数えられる霊獣の龍は、自由に空を飛翔して雲を呼び、雨を降らせる。青龍といえば、東の方角にあって春分には天に上り、秋分には地に潜むとされ、白虎や玄武、朱雀とともに四方を守護する四神の一つである。

次いで獏(ばく)。実在する動物のバクとは異なり、夢を食う霊獣として知られる。唐の詩人・白楽天の『白氏文集』によれば、獏は平和な時代にのみ生息できる動物とされ、「軍縮の象徴」でもある。鳩ならぬ「平和の象徴」ともいうべき霊獣で、まさに共生の時代、SDGs(持続可能な開発目標)にぴったりな霊獣なのだ。なお、「息(いき)」と呼ばれる龍や獏に似た容貌を持つ正体不明の霊獣が彫られていることもあり、素人では見分けがつきにくい場合もある。

このほか、麒麟(きりん)や象などが彫られていることもあるが、木鼻にはこれらが簡略化されて彫られているケースもある。岡山県の吉備津彦神社の拝殿には鳳凰(ほうおう)の木鼻がある。これは鳳凰崩しと呼ばれるもので、鳳凰の頭を簡略化したものだ。また、19世紀以降の神社建築には、動物ではなく象の鼻のような長い渦文(うずもん)の繰形様が木鼻に彫られているものも多く見られる。象は普賢菩薩の乗り物とされ、地上最大の動物であるため、聖域を守る動物として虹梁や柱貫(はしらぬき)などの木鼻に彫られている。獏と相似して見えることも多く、混同されることも少なくない。

こうした彫刻は寺院にもあり、決して神社特有のものではない。神社を訪れた際には、参拝後にぜひ、社殿に彫られた動植物の彫刻や細部の建築意匠にも目を向けてほしい。そして、尊い力をもった不可思議な霊獣の姿や神に縁ある植物などに思いを致し、そこに表現される豊かな精神世界にぜひ浸ってもらいたい。

プロフィル

ふじもと・よりお 1974年、岡山県生まれ。國學院大學神道文化学部教授。同大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期修了。博士(神道学)。97年に神社本庁に奉職。皇學館大学文学部非常勤講師などを経て、2011年に國學院大學神道文化学部専任講師となり、14年より准教授、22年4月より現職。主な著書に『神道と社会事業の近代史』(弘文堂)、『神社と神様がよ~くわかる本』(秀和システム)、『地域社会をつくる宗教』(編著、明石書店)、『よくわかる皇室制度』(神社新報社)、『鳥居大図鑑』(グラフィック社)、『明治維新と天皇・神社』(錦正社)など。

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