利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(59) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

明暗を超えて栄福の時代へ――二極化と価値観の変化

危惧していたように、やはり第6波が始まり、オミクロン株の脅威も身近に迫りつつある。さほど深刻にならずに正月を祝えた地域が多かったのは、せめてもの幸いだった。昨年は1月8日に緊急事態宣言が出たわけだから、ほぼ同じ時期に感染急増が繰り返されているわけだ。私たちは再び不要な外出を控え、徳をもって行動を自制し、最大限の自衛をしなければならない。

昨年も似た状況だったので新年には明暗双方を書いた(第47回)。でも今年は、正月気分で明るい希望に焦点を合わせよう。昨年は明るい希望として、拙著『ポジティブ心理学――科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社選書メチエ)刊行にあわせて「福寿をもたらす新しい心理学」の出現を書いた。そして仏教用語を用いて「真福・永福・善福・開福・栄福の社会」へと向かう可能性について述べたのである。実はコロナ禍の中でも、このような希望は少しずつ広がっている。

私は一昨年5月、昨年の3月と10月の3回にわたって、ポジティブ心理学の調査票などを用いて全国の人々の主観的な意識を調べた(インターネット調査)。人々の幸福感(ウェルビーイング)はコロナ禍で段階的に下落していた。問題が深刻化した直後の一昨年5月では下落の度合いは大きくはなかったものの、昨年の10月末には3月と比較して、もっと大きく下落していた。コロナ禍の影響が長期化してダメージが大きくなっており、昨年8月前後の第5波は特に被害が大きかったから、その悪影響もあったのだろう。人々の不安感も拡大し、社会・政治のさまざまな調査項目でも人々は状況が悪くなっていると感じていることがわかった。これは、心の病が増えているという報道とも一致している。

ここまでは予想通りだ。ただ、分析作業の結果、一昨年5月の段階では、1割くらいの人が以前よりも気分が明るくなったり精神的に良くなったりしたと感じていることは意外だった。価値観も、心の豊かさや精神を重視する方に変化して、家族や友人との絆が強まったと感じている人がやはり10~15%くらい存在していた。さまざまな形で話を聞いても、確かにそのような人たちがいる。テレワークなどが増えて自宅にいる時間が長くなり、これまでは外的・物質的な世界に目が向いていたのに対し、親しい人々と過ごす時間が長くなり、内面的な問題に意識が向かう人が増加したのかもしれない。

だから、心理的悪化が進んでいるだけではなく、一部には良い方向へと変わった人もおり、その意味で二極化が現れているのである。宗教的・精神的な価値観から見ると、後者はむしろ望ましい変化だ。コロナ収束後にどうなるかはまだわからないが、もしかすると精神的な価値への目覚めは引き続き進んでいくかもしれない。

感染症の大流行は、人類史において社会に大きな変化をもたらしてきた。ペストが大流行して中世が終わった。日本でも奈良時代に疫病が大流行し、聖武天皇によって、大仏建立などの仏教国家建設が行われた(第38回)。同様に、コロナ禍は精神性を重視する文化的・社会的変化をもたらすかもしれない。

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