利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(59) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

栄福社会のビジョン

ポジティブ心理学の創始者マーティン・セリグマンは、2051年までに世界中の51%の人々が「栄福(フローリッシュ)」を実現するというビジョンを掲げている。コロナ禍は、実際にこの方向を加速させるかもしれないのである。新年の夢として、来るべき社会を想像してみよう。

かつては宗教・哲学や倫理道徳、芸術が「善い生き方」の指針を提示してきた。近年では科学的なポジティブ心理学の急展開によって、これらの人文社会科学の洞察と自然科学的研究を統合して、個々人が幸福になるとともに、人々が全体として幸福になる道が開けつつある。

この将来社会では、全ての人々が幸福(科学的な表現ではウェルビーイング)になる可能性を高める「善い生き方」の知識を得て、幸福になって繁栄することができる。この知識を「栄福知識」と呼ぼう。

昨年12月に書いたように、栄福知識に基づく育児を行うことによって心身共に健全な子供たちが育つ。次いで義務教育において低学年から栄福の知識と実行方法を読み書きと同じように学んで習得し、高等教育では高度な知識を学ぶとともに、社会で応用できるようになる。社会に出た後は、その知識を活用して、自ら「善き生」を送るとともに、職場や自分の活動において組織的・集団的に応用・実践し、ポジティブな働き方を実現する。少子高齢化社会においても、より多くの人々が、元気で旺盛な健康状態を達成して、生き生きと躍動的に働き、高齢になっても活動能力を維持できる。それによって、人口減の中でも、人々の最大限の潜在的活力を引き出すことができる。また、ポジティブな結婚・出産・育児環境を実現することによって、結婚率や出産率を上げて、人口増へと傾向を逆転できる。こうして、現在の経済的停滞を脱して、経済的な繁栄を再び実現できよう。

このためには、幸福を測定する科学技術の進展も必要であり、その開発が進むだろう。現在の社会で公衆衛生の知識が普及して健康診断を定期的に受けているように、調査票、インターネットのウェブサイトやスマホアプリなどのデジタルツール、さらには科学的機器やAI(人工知能)などを使って、自宅や職場などで自分の幸福度をチェックすることができるようになる。そして、今、体調を知るために行われている問診票や身長体重・諸機能の計測のように、幸福度を計測することが一定程度まで可能になるだろう。さらに、幸福度を高めるためのマニュアルやプログラムが開発され、心身のエクササイズやワークを行って、幸福度を上昇させることができるようになる。

このように、哲学的にして科学的な栄福知識が確立すれば、政府をはじめ公的機関も「善き生き方」を促進することができる。育児・教育・医療・保健・福祉などさまざまな公共政策によって支援を行い、栄福社会、すなわち人々が心身共に健やかで、幸福に栄える社会が実現する――このような遠大な夢と希望を心に灯(とも)して、新年もコロナ禍を耐え抜き、新しい時代へと前進していこう。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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