共生へ――現代に伝える神道のこころ(10) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部准教授)

疫病から身を守るため、神仏の加護を祈る

顧みれば、我が国は古くから感染症に悩まされてきた。それだけに祭礼や法会などの形で疫病の退散を祈り、神仏の加護を願ってきた。疫病の厄難から人々を守る神としては、薬神としても知られる少彦名命(すくなひこなのみこと)が著名だ。関東では茨城県の大洗磯前(おおあらいいそさき)神社や酒列磯前(さかつらいそさき)神社、神田神社などが少彦名命を祀(まつ)る社として知られている。

また、大阪市中央区道修町の少彦名神社は、少彦名命と中国の薬神である神農(しんのう)さんを祀る。江戸時代にコレラが流行した際に、薬とともに疫病除けとして張り子の虎を授与したことから、毎年十一月に斎行される「神農祭」では、笹につるした首振りの張り子の虎が授与されている。かつてはコレラを「虎列刺」と表記していたが、コロリとも呼んでいたため、「虎狼利」という漢字が充てられた。それゆえ、虎を利する狼という漢字の語呂から、「狼は虎よりも強い」という言説が流布された。このことが契機となり、狼を神使とする同社にコレラ除けの神社としての信仰が付加されることになった。狼にちなむ由緒を持つ岡山県高梁(たかはし)市の木野山神社は、中国・四国地方に疫病除けの社としての信仰で知られ、木野山信仰が伝播(でんぱ)するに至ったことは、その一例である。

明治十三年に内務省が発行した『虎列刺豫防諭解(これらよぼうのゆかい)』。前年に大流行したコレラの被害を教訓とし、その予防法や心構えなどが記されている

次に奈良時代の『備後国風土記』逸文に記された「蘇民将来(そみんしょうらい)」の説話で知られ、疫病除けの神として全国各地の八坂神社や氷川神社、津島神社の御祭神として祀られている素戔嗚尊(すさのおのみこと=須佐之男命)を挙げる。特に京都・祇園にある八坂神社では、コレラが流行した明治十(一八七七)年、スペイン風邪が流行した大正七(一九一八)年、昨年四月八日、五月二十日に疫病退散、早期終息の特別神事が斎行されている。

このほか、疫病除けの神事は、疫病鎮圧のための国家的祭祀として養老令の注釈書『令義解(りょうのぎげ)』(八八三年完成、翌年施行)に記されている、奈良県の大神(おおみわ)神社の鎮花祭(はなしずめのまつり)と、同社の摂社・率川(いさがわ)神社の三枝祭(さいくさのまつり)がある。鎮花祭は四月に斎行され、現在も邪気を祓(はら)う桃の花枝を添えて薬草の忍冬(すいかずら)と百合根を神前に供え、春に舞い散る桜等の花びらから流行すると考えられた疫神を鎮めることを祈願する祭である。この鎮花祭は、摂社の狭井(さい)神社でも行われている。

【次ページ:疫病流行を機に行われるようになった祭事】