利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(50) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

政権の政治哲学が人々の生死を分ける

このような事態は世界的に生じている。コロナ禍が始まる前に世界中を席巻していたのは、政治哲学でいうリバタリアニズム(自由原理主義)という思想であり、ポピュリズムという政治的現象だった。

リバタリアニズムとは、各種自由を徹底して貫徹しようという思想であり、特に所有や財産の権利に基づく経済的自由と市場経済を重視して、福祉を縮小させようとする。経済政策についてはネオ・リベラリズムといわれる考え方と近い。ポピュリズムとは、既存の政治やエリートを批判して、人々(大衆)に訴える政治的運動であり、左右双方に存在するが、右派的な運動は非民主主義的である。

こういった政党や政治家がヨーロッパも含めて各国で浮上していたが、その中で権力を掌握したのがアメリカのトランプ前大統領であり、イギリスのジョンソン首相であり、さらにブラジルのボルソナロ大統領である。リバタリアニズムからすれば、感染症対策のために国家が自由を制限するのは不正義だから、マスク着用を国家が推奨すべきではないし、ロックダウン(都市封鎖)などで外出や営業の自由を侵害してはならない。よって、このような政治哲学の影響が色濃い為政者は、経済を重視するあまり、コロナ対策を軽視しがちである。象徴的なことに、この3国の首脳は自らも感染して苦しむことになり、トランプ前大統領は落選し、他の二人は政策変更に追い込まれた。

さらに、ポピュリズムは敵と味方を分けて「敵」を激しく攻撃し、しばしば真実を蔑(ないがし)ろにした発言によって人気を得ようとする。右派的なポピュリズムが「大衆迎合主義」と訳されることもあるのは、このためだ。トランプ前大統領がその典型である。でも、真実を無視し、偽りの言葉によって拍手喝采を得ても、その政策が成功するはずもない。コロナ問題の場合は、科学的知識に反する政策を行うわけだから、その結果が感染の拡大として現れるのだ。

要は、リバタリアニズムのように市場経済の要請を過度に重視して利益追求に走れば、人間にとって最重要の生命や健康が犠牲になるし、ポピュリズムのように真実を軽視して大衆的人気を追求すれば、政策は失敗して実際には人々が苦しむことになるということだ。

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