利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(50) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

宗教的・哲学的な知恵を取り戻そう

これは、決して他人事ではない。リバタリアニズムないしネオ・リベラリズムは、今までの日本政治を席捲(せっけん)してきた。小泉元首相の郵政民営化がその典型例だし、安倍政権の水道民営化(自治体が民営化できるようにする改正水道法)やいわゆるカジノ法(統合型リゾート整備推進法)もその例だ。地方政治でこれをもっとも徹底的に行ったのが大阪における維新政治である。

一部の業種の公務員を悪者にして「給与をもらいすぎだ」と言ったり、ごくわずかにすぎない社会保障の不正受給を誇張し「福祉を食い物にしている」と非難したりして、人々の感情を煽(あお)り、集票に利用するのだ。その結果、国民は、ゆくゆくは自らの生活基盤を揺るがしかねない政策なのに、熱狂的に支持してしまうことが多い。偽情報に惑わされて、多くの方が「日本は公務員が多い」と思い込んでいないだろうか。実際にはOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、もっとも低い層に位置する。超高齢社会を迎え、自然災害の多い国で、人材不足のままで対応できるのかと懸念されていた。そこで起きたコロナ問題で、今、「案の定」の事態になっている。リバタリアニズムによる保健所削減がコロナ禍を拡大させたのだ。

さらに昨年に松井一郎大阪市長や吉村知事がそれぞれ雨合羽(あまがっぱ)やイソジン(ポビドンヨードのうがい薬)を勧めて識者から呆(あき)れられたように、ポピュリズムによる科学無視の政策が現在の感染の急拡大を招いている。小泉政権や橋本徹氏(大阪維新の会・初代代表)の政治はかつてブームを招いたが、大衆迎合的なポピュリズムとして政治学者たちから批判されてきたのである。

古(いにしえ)からの宗教や哲学は、私益の追求や嘘(うそ)偽りが不幸をもたらすという洞察が語られて、幸せになるためには善い生き方をするように勧めてきた。仏教ではこれが因果の理(ことわり)として説かれている。ギリシャ哲学ではソクラテスやプラトンが、真実の知識を持たないのに弁舌を弄(ろう)して人々を盲信させようとする医療や政治を論難して、知識に基づいて医療や政治を行う方法(政治術)、美徳に基づいた生き方を提唱した。

これらは、個々人にも社会にも当てはまる。「個人的因果」と「政治的因果」と言えるだろう。個々人の行為の結果は、その人や家族に現れるが、政治的な政策の結果は、社会の多くの人々の幸不幸となる。古来、道徳や倫理に基づいた生き方や政治が尊ばれてきた所以(ゆえん)だ。私たちは、憂鬱(ゆううつ)な現実を目の当たりにして、この古典的な知恵を想起し、徳義ある生き方と政治を再生させなければならないのである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。