利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(48) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

無為無策の結果

政府が1月7日に二度目となる緊急事態宣言を発令した時、菅首相は「1カ月での事態改善に全力を尽くす」と述べたが、感染は収束せずに宣言は延長された。しかし、国民の驚きは少ない印象だった。前政権時代から当局者が「瀬戸際の状況」(安倍首相、2020年3月28日)とか「勝負の3週間」(西村経済再生担当相、2020年11月25日)などと言っても、「勝負」に負けることが繰り返され、多くの人々が慣れっこになってしまったようだ。

その理由は、多くの人々の目には、政権が政治の責任を自覚して、全力で感染症対策に取り組んでいるように映っていないからだろう。今回の緊急事態宣言も、飲食店の営業時間短縮を中心とするものなので、効果は現れつつあるものの、危惧された通りに抑え込みに時間がかかってしまっている。緊急事態宣言が終わっても、その後に検査や医療の態勢を徹底して強化しない限り、元の木阿弥(もくあみ)になって感染が再流行する危険がある。変異株によってワクチンの効果が減少する可能性が論じられているので、楽観視して無為無策を再三繰り返すことは許されないだろう。

嘘をつき続けるとどうなるか

アジア太平洋諸国の中で、日本はついに、インドネシア、フィリピンに続いて新型コロナウイルスの死者数(人口比、累積、2021年2月20日時点)が多くなってしまい、この地域の“対策失敗国”になってしまった。この政治的失策の淵源(えんげん)は、人々のための公共的な政策を真剣に行わずに、「自分たちの私的利益をひそかに追求して守る」という非道徳的で利己主義的な考え方にある(第43回参照)。

前政権時代から、オリンピック開催への固執に現れているように、うわべだけ人々が喜ぶような方策をとって支持を得ようとしつつ、実際には自分たちや親しい人々のために私的便宜を図っていて、批判に対して嘘(うそ)や隠蔽(いんぺい)を続けている。前首相は「桜を見る会」の問題などにおいて国会で虚偽答弁を行っていたことが明確になったし、現首相についても、身内をめぐる問題が浮上し、長男が接待した総務省幹部が事実上の更迭に追い込まれた。学問的には、こういった政治や行政をネポティズム(縁故主義)とか、クライエンテリズム(恩顧主義)というが、専制政権にしばしば見られる現象だ。

不正行為が明らかになっても、否定したり表面だけ陳謝したりするだけで、問題の政治家は政治的責任を取らないし、法的な訴追もされない。いわば、厚顔な「行った者勝ち」の風潮になってしまっている。これは人々のモラルを低下させ、政治のみならず社会全体を腐敗させてしまう。嘘や偽りが横行する世の中になってしまい、権力や富を持っている人々が偉そうな顔をして羽振りがいいのに対し、真面目に働いている正直な人々が馬鹿を見ることになってしまうからだ。でも、このようなことが続きうるだろうか?

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