清水寺に伝わる「おもてなし」の心(11) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

本堂屋根の檜皮(ひわだ)の葺(ふ)き替えと「清水の舞台」の床板の張り替え工事が完了し、12月3日に奉告法要が行われた

支え合い、精進を重ねて

二つ目は月並みな表現だが、「謙虚」という言葉に帰する。まずは当然、自らに対して謙虚であることだ。自身の正義に強い信念を持つのは悪いことではない。しかし、それがイコール周りの声に耳を貸す姿勢が乏しいのでは、互いに大きな指針にたどり着くことはできない。また、我々には清水寺という背景があるために、率直に言って個人の実力を超えた多くの機会に恵まれていると自覚している。だからこそ、あずかる一つ一つの機会に対して、とにもかくにも懸命に尽くし切る責任が求められる。

その上で、せっかく機会を与えて頂いた相手に対して、至らなくて申し訳ないという思いこそが、誠の謙虚であると考える。言い換えるならば謙虚という言葉を、あずかる機会を断る言い訳に流用してはならない。自らに、そして清水寺という存在に対して、本当の意味で謙虚である――この姿勢は四人の中で常に共有し続けている。

もう一つもまた、使い古した表現かもしれないが、やはり「信頼」に尽きる。もともと、山内僧職の数が限られているため、今では互いに同じ法務を勤めることはほとんどないが、大きな行事等では皆が揃(そろ)うこともある。当然、事前に打ち合わせを行い、手はずや役割分担等を確認する訳だが、本番を迎えた時、例えば本来この場にいるはずの者がいない、打ち合わせとは異なる展開になっているといった状況下においても、互いに最大限に理解をする姿勢を誠の信頼と呼びたい。

床板が張り替えられた「清水の舞台」

それぞれが自身の現場において、最善手を取ろうと臨機応変に対応する中で、事前の打ち合わせとは違う形になったにすぎない。だからこそ自らもまた周りのその対応に対して決して疑うことなく、その場での最善手を判断する。こうした交換が言葉にせずともできていることに感謝したい。

多様な中での共通項を大きな指針として、その背景には誠の謙虚と互いへの信頼がある――これが我々四人の絆の核である。このような在り方を今後、周りの職員や関係各位にさらに広く、少しでも深く広がっていくよう努めていきたい。

たとえどれほど忙しくなろうとも、もはや言わずとも分かるだろうという思い込みに甘えることなく、常に互いに確認し合い、思いを交換し合うことを忘れずにあるべきと、自らに言い聞かせてもいる。

中国仏教を代表する僧侶の中に、隋の時代に天台宗を大成した智顗(ちぎ)という方がいる。彼が著した『法華玄義(ほっけげんぎ)』の中に、「智目行足到清涼池(智の目と行の足とをもって清涼の池に到=いた=る)」という一節があり、智慧(ちえ)と実践の双方が伴ってこそ悟りに至るという意味と解釈される。それぞれは小さい我々四人であるが、時に誰かが智慧の目となり、他が実践の足となり、互いに足りないところを補い合い、支え合い、精進を重ねていくことで、これまで継承されてきた法灯をつないで参りたいと改めて願う。
(写真は全て、筆者提供)

プロフィル

おおにし・えいげん 1978年、京都府生まれ。2000年に関西大学社会学部卒業後、米国に留学。高野山での加行を経て、05年に清水寺に帰山し、僧職を勤める。13年に成就院住職に就任。14年に世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会青年部会幹事、19年に同部会副幹事長に就いた。現在、清水寺の執事補として、山内外の法務を勤める。日々の仏事とともに、大衆庶民信仰の入口を構築、観光客と仏様の橋渡しを命題とし、開かれた寺としての可能性を模索している。