清水寺に伝わる「おもてなし」の心(8) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

2012年から始まった「FEEL KIYOMIZUDERA」プロジェクトのウェブサイトでは、写真展や音楽イベントなどこれまでの取り組みを紹介している

今求められる姿勢

この思いを伝えたかったのは、先の方が運営するウェブサイトを閲覧する社会の人々というだけでなく、実は他ならぬ提案者本人に対してでもあった。なぜなら、温度差はある程度仕方ないにしても、山内職員はじめ出入業者、関わりのある全ての者とできる限り一枚岩になれるよう、常より意識共有に努めることが、場のエネルギーを高める――つまり参拝者により良い空間を提供する、「もてなし」という観点においても大切であると考えているからだ。そうした近年の取り組みの一つとして行っている「FEEL KIYOMIZUDERA」プロジェクトについて説明したい。

ネット環境の目覚ましい普及、発展に伴い、言語や地理的条件といったハンディを超える発信の必要性が増し、インターネット上に新たなお堂を「建立」するという構想のもと、本プロジェクトは8年前に始まった。現在では特設サイト(https://feel.kiyomizudera.or.jp/)とインスタグラム(https://www.instagram.com/feel_kiyomizudera/)の運営が中心である。その意義は二つに集約される。

『命こそ仏さま』とは当山住職が信者によく伝える表現だが、このプロジェクトはまさに命、仏の働きを表現することと、祈りの啓発である。観音霊場である境内の風景を彩るあらゆる自然や命の働きを仏そのものと定義付け、これらを表現することで少しでも人々の心の支え、安らぎの一助になることを願っている。

また、我々があずかる仏教という生きる智慧(ちえ)が、少なからず世の真理にかなうのであるならば、古今東西いかなる場であっても何らか通じるものがあるはずだ。自他の無事や安心を願う仏心の祈りが、さまざまな表現行為の中にも内在するのではないか。観音様の「普門示現」の教えを拝し、現代における多様な祈りの表現を伝えることによって、社会に祈りの啓発をしようと意図している。つまり本プロジェクトは当山の広報ではなく、より宗教的純度の高いものと位置付けている。

これらの意義についての意識共有を制作者、撮影者、プランナー等の活動チーム内において徹底的に図ってきた。そして彼らがより自発的に活動し、その思いが循環するようにいくつかの約束事を設けている。

まず我々にとって前例のない取り組みのため、結果がすぐに伴わない可能性がついて回る。もしそうであっても、必ず私自身が矢面に立つ。だから明日、明後日の評価を気にして何かを事前に制限するのではなく、もっと長い視野を持って失敗を恐れず、持てる力を出し切って積極的に挑戦していくこと。寺からのトップダウンではなく、必ずチームの合議にて進めるから、常に思うことは共有すること。さらにはそれぞれに対して敬意を払うことである。

お陰で今ではそれぞれが最大限の能力を発揮して、緊張感のある良いチームが出来上がってきた。彼らは、当山以外でもますます活動の場を広げ、そこで学び得たものを還元してくれる。また、それだけでなく、彼らの活躍そのものが、当山の願いや本懐を、間接的であっても周りに発信する伝達者としての役目を果たしてくれている。

清水寺は単立寺院であり、他に末寺も別院もない。しかし、だからこそ前回述べた門前会のごとく、関わる人の心それぞれに“小さなお堂”がある。それが周りに伝わっていくだけでなく、この場に集約された時、参拝者をお迎えする祈りの場として大きな力になっていく。自分自身にとっても、そんな彼らと触れ合うことによって、改めて本質と対峙(たいじ)する縁を拝受している思いだ。
(写真は全て、筆者提供)

プロフィル

おおにし・えいげん 1978年、京都府生まれ。2000年に関西大学社会学部卒業後、米国に留学。高野山での加行を経て、05年に清水寺に帰山し、僧職を勤める。13年に成就院住職に就任。14年に世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会青年部会幹事、19年に同部会副幹事長に就いた。現在、清水寺の執事補として、山内外の法務を勤める。日々の仏事とともに、大衆庶民信仰の入口を構築、観光客と仏様の橋渡しを命題とし、開かれた寺としての可能性を模索している。