利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(41) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

文明的課題についての哲学的考察

そもそも、なぜこのような感染症で世界中が苦しまざるを得なくなっているのだろうか。神仏ならぬ人間にとって、確たる答えに到達することは難しい。けれども、この深刻な歴史的経験から人類が学ぶべき教訓は何か。こういう問いなら、哲学的に考えることができる。

アメリカやブラジルは為政者がこのウイルスの危険性を軽視した結果、他国以上に感染が蔓延(まんえん)し、多くの死者が出ている。これらの国々の為政者に共通する特色は、経済的発展を重視するあまり、人命や健康を軽んじているということだ。

世界の最強国アメリカこそが、その科学力や先進的医療技術にもかかわらず、甚大な被害に遭っており、全体として西洋諸国は甚大な感染の被害を受けている。例えばアジアと比べると、人口比死亡率が2桁も多いのだ。そしてアジアの中では日本がフィリピンに続いて2位であり、この両国にはアメリカの影響が文化的に大きい。

まだ科学的には、国による感染の大小の要因は分からない。京都大学の山中伸弥教授は「ファクターX」という言葉で要因を考えようとしている。でも、思想的には近代西洋的物質文明の弱点が何らかの要因を通じて感染拡大へとつながっているのではないか、という省察へと促される。

例えば、先進国がロックダウン(都市封鎖)などに追い込まれて経済活動を低下させた結果、世界10都市で大気汚染がかつてないほど軽減したという報告書が出された。これは、経済活動が地球環境の悪化につながっていることを改めて実感させる。こうしたことは、すでによく知られている事実であり、数十年も前から母なる地球の危機に警告が出されている。今では異常気象が続々と現れているにもかかわらず、国々は経済活動を自制しようとはせず、国際的対策も停滞してきた。特に米国にトランプ政権が誕生したことによって後退さえしているのである。

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