利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(32) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

古くて新しい倫理的思想

この思想の中心は、洋の東西を問わず、かつて超越的・倫理的思想で説かれていた「善い生き方」だ。そのためには、「美徳」とか「徳」を身につけることが大事だと考えられていた。

たとえば西洋でも日本でも、「嘘(うそ)をつくなかれ」という訓戒は、教えや道徳の基本中の基本だった。ところが倫理道徳が廃れるにつれて、この単純平明な徳目が無視されるようになってしまった。第29回で述べたように、日本政治で虚言や欺瞞(ぎまん)が蔓延(まんえん)し、日常化してしまったのは、その端的な表れだろう。よって、今こそ「道義」(人の行うべき正しい道)や「徳義」(道徳上の義務・義理)を再興することが必要なのだ。

政治や社会を立て直して、人々が幸せになるためには、個人が権利に基づいて自由に生きるだけでは不十分だ。徳義に基づき他の人々と共に考えて行動することが不可欠なのである。それは、「善い生き方」に基づく「共生」の道である。家族や地域・国民といったさまざまなコミュニティーは、その基盤だ。コミュニタリアニズムという呼称は、このようなコミュニティーを尊重するところから生まれた。

東洋思想では徳や家族などの共同体が重視されていた。今では、個人の自由や権利といった近代的価値も大事だから、この双方の考え方を統合する必要がある。それは、古典的であるとともに近代的な思想だ。これは、古くて新しい倫理的思想であり、「麗しい平和」を理念とする令和の時代にふさわしい。陰鬱(いんうつ)な世相を反転させて光あふれるものとするために、どのようなビジョンがここから現れるのか、順次考えていこう。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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