利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(32) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

徳義と共生の公共哲学

この思想は、米ハーバード大学教授のマイケル・サンデルらによって提起されている。2010年にNHKで放映された「ハーバード白熱教室」で、サンデルは日本でも話題になったから、顔を覚えている方も少なくはないだろう。でも、モラル・ジレンマの議論を軸にする対話型講義は注目を浴びたが、彼の思想の中身は、さほど知られていないと思われる。

私は、ハーバード白熱教室を監修・解説して対話型講義の実践や普及に努める一方で、『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)などを刊行して思想そのものにも注意を喚起してきた。もともと私が彼を知ったのは、その政治哲学そのものに惹(ひ)かれたからだ。

対話型講義の重要性は今、強調しても強調しすぎることはない。聖エジディオ共同体、上智大学、立正佼成会が共催し、上智大学で開催された「アフリカの新たなビジョン」の会議でも、私は2年にわたって「アフリカ白熱教室」を行い、熱のこもった対話を大人数で実現した。それと同時に、今こそ、サンデルらの政治哲学の内容そのものを知ることが大切な局面が到来したと思うのだ。

それは、学問的には「コミュニタリアニズム」と呼ばれているが、サンデル自身がそう積極的に呼んでいるわけではないし、多くの日本人にとっては覚えたり発音したりしにくい。「共同体主義」という訳語もあるが、これだと古い閉鎖的な共同体をイメージしてしまいかねない。そこで私は、「徳義」と「共生」という言葉を使って、「徳義共生主義」と呼んだらどうか、と考えるに至った(『武器になる思想』光文社新書)。この思想では、「善い生き方」と「共に考えて共に生きる」という二点が機軸になっているからだ。

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