利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(24) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

混迷の時代と平和への天皇の祈り

今は全世界的にも、「混迷の時代」と言う他はない。民主主義のお手本と思われてきたアメリカで2017年(平成29年)にトランプ政権が成立し、メキシコやカナダ、中国などと緊張が高まり、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約も今月破棄した。これは、1987年、つまり平成になる2年前にレーガン米大統領とゴルバチョフ書記長との間で結ばれた歴史的条約である。INF全廃条約の破棄は、まさに、平和から戦争へと歴史が逆行しつつある象徴的な事件だ。

イギリスはEUからの脱退を決めて、その方式をめぐって混乱が続いている。フランスやドイツなどのヨーロッパ諸国でも極右政党が伸長して、民主主義の危機があらわになってきている。

極東では、2017年から2018年にかけて、アメリカと北朝鮮の間で一発触発の事態になった。日本でも平成27年(2015年)に安保法制が強行採決されて戦争を行う体制が整えられつつあり、戦後初めて、本格的に参戦する危険が高まった。幸い韓国の尽力によって米朝間で首脳会談が行われて、その危機は回避されたものの、日本では、政府が改憲によって平和主義を事実上放棄しようとしている。

分断や対立につながるこうした流れに精神的に与(くみ)されることなく、今上天皇は平成28年(2016年)に歴史的なメッセージを「お言葉」としてビデオで語られて、高齢ゆえの退位という希望を明かされた。そこでも「祈り」について語られていたように、天皇・皇后両陛下が、平成という年号の理念を体して、「先の大戦」への反省を踏まえて平和への祈りを一貫して真摯(しんし)に続けてこられたことには疑う余地がない。

米朝戦争の危機が回避されたのは、その祈りを筆頭にして、人々の平和への祈りが天に届いたのかもしれない。世界各地で戦争や紛争が次々と起こって日本にも迫る中で、辛うじて平和の砦(とりで)は守られたとも言えよう。

今上陛下は、崩御後は平成天皇と呼ばれることになるかもしれない。平和への祈りを体現して象徴天皇の務めを全身全霊で果たされているがゆえに、「平和を成す」天皇という意味において、まさにこのような名称(諡号=しごう)にふさわしい役割を陛下は最後まで果たされている。そのことに深い感謝と敬意を表しつつ、平成時代の来し方と行く末を次回も考えてみよう。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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