『現代を見つめて』(23) 文・石井光太(作家)

遺族の傍らに寄り添う

東日本大震災から七年が経った。毎年この季節になると、メディアはあの日の悲しみをふり返り、懸命に生きていく被災者の姿を映し出す。

メディアからの取材で、よく「被災者の心の傷は回復したのか、それともまだ悲しみの底にいるのか」と訊(き)かれる。その度に、私はある体験を思い出す。

東北にムカサリ絵馬という風習がある。「死後結婚」の伝統として知られているものだ。配偶者をもらわずに早世した故人が、あの世で独り身でいるのは寂しかろうと、遺族が絵師に頼んで絵馬に婚礼の絵を描いてもらい、お寺に納めるのだ。五歳で死去した男の子だったら、その子と架空の花嫁の絵を描いてもらって奉納するのである。

震災から数年経ったある日、私はムカサリ絵馬の取材のために宮城県名取市を訪れ、絵馬の絵師をしている女性に会った。彼女自身も、幼い子供を失ったことがあり、それがきっかけでこの仕事をはじめたという。

彼女の話では、遺族がムカサリ絵馬の依頼をするのは、子供の死後、十数年から数十年してかららしい。子供の同級生が二十歳を超えて次々に結婚して家庭を築くのを見て寂しさを覚えるなどして、「天国にいるうちの子も結婚させてあげよう」と考えるのだそうだ。

絵師の言葉である。

「私もそうでしたが、遺族は一生懸命に悲しみを押し隠して生きていくんです。一生それが消えることはない。でも、十数年、数十年経ってふと悲しみが蘇(よみがえ)り、ムカサリ絵馬を依頼してくるんです。きっと震災のご遺族も同じだと思います。今はまだ悲しみを抑えているけど、何年か経ってムカサリ絵馬を依頼してくるはず。私としてはその時にきちんと受け止めてあげることが重要だと思っています」

彼女の暮らす名取市は、東日本大震災で死者・行方不明者合わせて約千人の犠牲を出した町だ。彼女自身、様々な被災者を見てきてそう考えているのだろう。

遺族が十数年、数十年の年月を経て悲しみをどのような形で表すかは、それぞれだ。ただ、それが何であれ、傍(そば)にいる私たちはいつでもきちんと受け止め、包み込むことが大切なのだと思う。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)など著書多数。近著に『世界で一番のクリスマス』(文藝春秋)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)がある。