現代を見つめて(82)最終回 変わらないものがある 文・石井光太(作家)

変わらないものがある

新型コロナウイルスの感染拡大から三年目にして、国はマスク着用ルールの緩和などを決めた。これから徐々にコロナ禍後のライフスタイルが形成されていくことになる。

改めてコロナ禍が社会に残したものとは何だったのだろう。

真っ先に挙げられるのが、格差の拡大だ。社会の大きな変化の中で、それについていけない弱い立場の人たちが振り落とされる事態が次々と起きた。今後も物価高やグローバル化の波によって、その傾向はさらに強まるに違いない。

テクノロジーの発展も急速に進んだ。数年前までは未来の技術だったAI(人工知能)が、今は日常の様々なものに組み込まれ、自動運転をはじめ多くのものがオートメーション化されつつある。十年前にはAIという言葉さえ知られていなかったことを考えれば、今後十年の間にどれだけの革新が起こるのか計り知れない。

人々はこうしたテクノロジーの発展によって国境など空間の垣根を簡単に超えられるようになったものの、身近なところでのつながりは減りつつある。会社や学校へ通うことの価値が下がり、「コスパ(コストパフォーマンス)」「タイパ(タイムパフォーマンス)」の言葉からわかる通り、効率性が重視されるようになった。

人々のライフスタイルも細分化されつつある。同じ動画サイトやニュースサイトを開いても、アルゴリズムによって表示されるものは個々によって全く異なる。あるいは同じSNSを使っていても見ているものや、属しているグループは違う。情報の波の中では、同じ空間に身を置いていても、別々の光景を見ているのだ。

新しい時代の中で、社会は国家が統御できないほど急速に複雑化、個別化するだろう。しかしどんなに社会が変化しても、常に変わらないものがある。自分の幸せは、自分でしか決められないということだ。

評論家の亀井勝一郎さんがこんな言葉を残している。

「幸福というものはささやかなもので、そのささやかなものを愛する人が、本当の幸福をつかむ」

テクノロジーによってどんなに情報が氾濫しても、身近なものに目を凝らし、心から愛していただきたい。そこに必ず、あなたにしかつかめない幸せがあるのだから。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『アジアにこぼれた涙』(文春文庫)、『祈りの現場』(サンガ)、『「鬼畜」の家』(新潮社)、『43回の殺意――川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)、『原爆 広島を復興させた人びと』(集英社)など著書多数。

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