『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(9) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

驕りによる完敗と信念を貫いた人々の躍進

この選挙結果を宗教的・倫理的な観点から考えてみよう。

選挙前には政権にも驕(おご)りが指摘され、当時の女性防衛相が国会で虚偽の発言をしたという疑いをかけられて辞任した。森友学園や加計学園のような疑惑が批判されて内閣支持率が落ちた。これらは、嘘(うそ)やお友達優遇の疑惑だから、いずれも倫理的問題だ。

政府の人気が低下しているのに与党が大勝したのは、民進党が解体して希望の党と立憲民主党に分かれ、野党が分立したためだ。当初は希望の党が大きく伸びると思われていたが、実際には停滞した。その原因は小池百合子代表(当時)が「排除いたします」と述べて、政策協定書という踏み絵を踏ませて、考えの異なる人々を排除しようとしたからだ。排除という言葉には、愛や慈悲とは反対の非情な響きがある。敗因について、選挙後に本人が「都知事選で完勝、都議選でも完勝したが、今回は完敗だ。私自身にも、驕りがあった」と述べた。

民進党は安保法案が憲法違反であり、立憲主義に反すると批判したのだから、希望の党に入るということは節を曲げたことになる。これに対して、排除された側では、枝野幸男氏が立憲民主党を結成し、躍進した。この人々は自分たちの信念を貫いたわけだ。

枝野氏自身は無所属で立候補しても当選は可能だったろうから、この新党の結成は自分の利害に基づくものではなく、政治的理念に基づく公共的な行動だ。民主主義を重視して平和を希求する人々には、この訴えが響いたのだろう。枝野氏の演説にはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで知った多くの人々が自発的に集まり、涙を流す人も多くいたという。ここには、本物の民主主義の芽吹きが感じられる。

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