法華経のこころ(20)

勤苦(ごんく)・憂悩(うのう)して以(もっ)て自活(じかつ)を求むること、甚(はなは)だこれ癡(ち)なり(五百弟子受記品)

着物の裏に無価(むげ)の宝珠を縫い付けられているのも知らず、煩悩に振り回され、それを除くことばかりにあくせく努力する。実に愚かなことです。

先日、書棚から一冊の時代小説を引っ張りだした。高校時代の担任、S子先生から頂いた本である。ページをめくると、ハラッと床に、小さなメモ用紙が落ちた。S子先生にはあの頃、よくしかられた。

成績が悪いと、テストの点数を皆の前で公表させられたものだ。その腹いせから、仲間とクラスコンパを企画し、S子先生に多大な迷惑をかけたこともあった。

その悪たれの卒業式に、S子先生は一冊の本を贈ってくれたのだ。下級武士の主人公が勉学に打ち込み、困難を乗り越えていく物語である。だが、これまで一度も開かなかったので、メモの存在には気づかなかった。メモにはこう記されていた。『困難に出会っても頑張り抜いてくれること、信じているよ』

面倒なことがあるといつも逃げてしまい、後であくせくと苦しむ。高校時代と変わらずにいる、愚かな今の自分を見透かされているような気がした。

その自分に十三年前、すでにS子先生は最大のエールと勇気を贈ってくれていたのだ。目の覚める思いだった。歳月を超え、恩師の思いが心に迫った。胸が熱くなり、自然と涙があふれた。
(T)