幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(3) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

ある日、いつものように出かけたクッジュッタラーは、偶然お釈迦さまの説法を耳にします。もともと利発な彼女は、その場で自分自身をよくよく観察し、預流果(よるか=悟りの第一段階)に至りました。そして、持っていた全てのお金で花を買って戻りました。

いつもの2倍ある豪華な花に王妃は驚きました。わけを尋ねると、クッジュッタラーは今までのいきさつを包み隠さずに話しました。

自分の罪を認めることは、とても勇気がいることです。王のお金を横領していたことが明るみに出れば、どのような罰を受けるか分かりません。けれどもクッジュッタラーは、罰を受けることよりも、罪を重ねることの方が苦しいことに気づいたのです。「盗みをする」「うそをつく」ことを手放した彼女は、さぞ晴れやかな顔をしていたことでしょう。

王妃はクッジュッタラーをとがめるどころか、自分よりも高い台に座らせて敬意を表しました。「あなたをそこまで変えたという尊い説法を、ぜひ聞いてみたい。今日から侍女の仕事はしなくて結構です。お釈迦さまの教えを聞いてきて、私たちに伝えてくれませんか」。

クッジュッタラーは記憶力に優れ、耳にした説法を一字一句間違えずに記憶し、話すことができたといわれています。自由に外出することがかなわない王宮の女性たちも、彼女のおかげで教えを聞き、悟っていきました。

不完全な私たちにとって、全く過ちを犯すことなく生きるのは不可能です。しかし、過ちを犯していたとしても、自身を省みる勇気によって幸せへと転換できることを、このお話は伝えてくれます。

参考文献 ダンマパダ注釈書/『南伝大蔵経』十八巻増支部経典二

プロフィル

あまの・わこう 1978年、青森県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業後、夫と共に仙台市に単立仏教寺院「みんなの寺」を設立した。臨床宗教師でもある。著書に『みんなの寺のつくり方』(雷鳥社)、『ブッダの娘たちへ』(春秋社)、『ミャンマーで尼になりました』(イースト・プレス)など。現在、臨床宗教師に関するマンガを制作中。