リレーエッセイ「声なき“生きづらさ”に寄り添う」2-(1)(区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄)

言葉はなくとも「心」はある
区特別支援教育アドバイザー 櫻岡章雄
私は中学校で社会科の教員を23年間、管理職を20年間務めました。教員生活では生活指導を担当して生徒を厳しく指導していました。当時は子どものためと思って一生懸命に向き合っていたつもりでしたが、今思うと恥ずかしいことばかりしていたような気がします。
昔の私は、目に見える服装や態度、行動などを見て敏感に反応し、厳しい態度で臨む教員でした。子どもたちから見たらきっと煙たい存在だったでしょう。
現在は当時の反省を胸に、障がいのある子もない子も同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」の定着を目指し、都内のある区で特別支援教育アドバイザーを務めています。今回はその視点でお話をしたいと思います。
私は今、区内にある81の幼稚園、小学校、中学校を訪問しています。私の役割を簡単に表現するならば、「学校困りごと何でも相談屋」でしょうか。
先日、ある中学校から訪問依頼がありました。通常学級に通っている自閉スペクトラム症(ASD)のA君が登校を渋るようになったので、学校生活を実際に見て、担任の先生たちにアドバイスをしてほしいという内容でした。その中学校は運動会を控えていて、私が訪れた日も、全体練習の真っ最中でした。A君の姿を目で追うと、彼は全体行進で列から外れ、いつも後れをとって、先生に何度も注意されていました。しかし、彼は注意を受ければ受けるほど、緊張してしまい、さらに間違った動きをしてしまうのです。
担任は私に、「A君がいるから全体行動がうまくいきません。何とかならないでしょうか?」と相談してきました。私は内心、<そんなこと言っちゃあ、おしまいよ>と思いつつ、A君の気持ちに耳を傾けたことがあるかどうかを尋ねると、「聞いていません。ただ『ちゃんとしろ』『言われた通りに行動しろ』と言っています」と答えました。そこで私は、A君と直接話すことにしました。
「こんにちは。A君。今日は君のことが心配で会いに来ました。学校に来たくないんだって? 困っていることがあったら教えてほしいんだ。そして、一緒に考えてみたいんだ」。そう問いかけました。しばらく沈黙が続きます。私はじっと待ちます。するとA君はしばらくして「体が勝手に動いちゃうんだ」と言うのです。
ASDの主な特性として、臨機応変に人と接することが苦手で、自分の関心・やり方・ペースの維持を最優先させたいというこだわりを強く持つことが挙げられます。また、日々の習慣・決まりごとと異なる学校行事や急な予定の変更などへの対応が苦手で、パニックになる場合もあります。A君は運動会の練習の中で生じる予定外の行動や、他の子と歩調を合わせることが苦手なのだと思いました。ただ、A君は「注意が怖い」「みんなの迷惑になってしまう」と、自分を客観的に見ることができていて、私はそこに彼らしさ、成長の兆しを感じました。
私はA君を褒め、本人の承諾を得た上で、彼の心の内を担任の先生に伝えました。すると先生は、「そうでしたか。私は彼の行動ばかりに目が向き、<指導したことを守れないのは、守る気持ちがないから><強く指導すれば行動も変わる>と思っていました。今回、A君の気持ちが分かったので、他の生徒にも話をして、クラスで彼を支えます」と話してくれました。
以来、先生はA君に映像を見せながら事前に練習の内容を伝え、失敗した場合を想定した練習も行うようにしました。するとその後、A君が練習を上手にできた時、クラス全体で喜びを分かち合うことができたそうです。これをきっかけに、A君は学校生活に安心感を覚えたのでしょう。欠席なく通学できるようになったといいます。
子どもの社会性や協調性を育もうという思いが強いあまり、周囲の大人は、子どもの行動に対して神経質になりがちです。子どもですから、言葉で伝えるのが難しいこともあります。しかし、彼らがうまく表現できなくても、根気よく向き合って対話を続け、考えや意思の奥にある思いに迫っていけば、そこには必ず「心」がある――そう実感するとともに、改めて、子どもの心をていねいに見つめることのできる私になりたいと思わされる出来事でした。
プロフィル

さくらおか・あきお
1954年、東京都生まれ。都内の中学で社会科教諭を務めた後、校長を務めるなど、43年にわたり学校教育の現場に身を置く。現在は都内の自治体で特別支援教育アドバイザーなどを務めるほか、人権擁護委員、保護司を務める。本会江戸川教会所属。





