食から見た現代(25) 支援の入口として――配食支援プロジェクト 文・石井光太(作家)

画像はすべて「兵庫県福祉部地域福祉課」提供
こども家庭庁によれば、現在の日本では中高生の約17人に1人が「ヤングケアラー」に相当するという。(令和2年度調査)
ヤングケアラーはここ数年のうちに社会に広がった用語だ。子どもや児童のみならず、「若者ケアラー」と呼ばれる概ね30歳台までの成人層も含めて広く対象としており、日常的に身内の介護や家事などに従事している人を示す。
以前は、こうした子どもは「家族思いのしっかりした子」とされ、社会問題とは見なされてこなかった。だが、近年は子どもが長時間のケアを強いられた場合、その後の人生で様々なハンディを背負う可能性が高まることが明らかになった。
ケアに翻弄(ほんろう)されて教育を受けられない、生活のリズムが狂う、心に傷を負う、人間関係が脅かされる、進路が狭められるなどといったことだ。家族との関係から心が傷ついたり、子ども時代に養わなければならない能力が抜け落ちたりするのだ。
国や民間がヤングケアラーの情報を伝え、支援に乗り出しているのは、そうしたリスクの芽を摘むためだ。あまねくすべてのヤングケアラーにその手が届くことが期待されるが、この言葉が誕生して日が浅いこともあり、支援どころか、全容すら明らかになっていないのが現状だ。
そんな中、兵庫県では県としてヤングケアラーの実態把握と支援に早い段階から取り組んできた。その活動に光を当てたい。
現在、兵庫県庁では、福祉部地域福祉課が中心になって県内のヤングケアラー支援を行っている。
県が独自に2022年から専用の相談窓口「兵庫県ヤングケアラー・若者ケアラー相談窓口」を設置し、電話、LINE、メールで対応に当たっているだけでなく、当事者支援の一環として弁当の配食も行っているのだ。
同課担当の岡田翼氏(47歳)は話す。
「現在、兵庫県のヤングケアラー・若者ケアラー支援は、ふるさと納税『ふるさとひょうご寄附金』を財源として行っています。年に1000万円以上の寄付が集まるのですが、そのうちの500万円ほどを当てているのです。残りは子ども食堂の事業などに活用しています。最初の2年は国からの交付金で賄っていたのですが、それがなくなったことでふるさと納税の活用に切り替えたのです。
県が設置している相談窓口への連絡は、子どもからはLINEで、親や支援者からは電話でくることが多くなっています。年間にして、おおよそ500件の相談が寄せられます。人口が多い神戸市を筆頭として、ほぼ全市町から相談があります」
兵庫県が早い段階からヤング・若者ケアラー支援に乗り出したのは、2019年に同県神戸市在住の幼稚園教諭の女性(当時21歳)が起こした一つの事件が契機だった。
その女性は幼くして両親が離婚し、小学1年の頃に母親とも死別していた。一時期、児童養護施設に引き取られていたものの、その後は祖父母に引き取られ、中学2年からは叔母宅で暮らすことになった。
2019年、短大を卒業した彼女は、幼稚園に就職する。同じ頃、一人暮らしだった90歳の祖母が認知症を患ったため、彼女は介護をすることになったものの、仕事との両立は想像以上の激務だった。祖母からは「泥棒!」などと口汚く罵(ののし)られ、夜は1時間おきにトイレの付き添いをしなければならなかった。昼夜を問わず徘徊(はいかい)をするせいで、長時間それに付き添うこともしばしばだった。
過酷な介護と慣れない仕事が重なり、彼女は瞬く間に精神的に追いつめられていく。そして同年10月には自殺未遂をするまでに至る。
事件が起きたのは、この翌日のことだった。朝に彼女がタオルで祖母の体を拭いていたところ、「あんたがおるから生きとっても楽しくない」などと責められたことで正気を失った。そして高ぶる感情のまま、彼女は祖母の口にタオルをつめて死なせたのである。
後の裁判で、この女性は懲役3年、執行猶予5年の判決を受けた。実刑が下されなかったのは、彼女の側に情状酌量の余地があると見なされたためだ。
事件の内容がメディアによって大きく報じられたことで、行政の側もヤング・若者ケアラーの問題を深刻に捉え、早急に手を打つべきだという議論が巻き起こった。そして県として相談窓口を設置するだけでなく、関係各所との連携の中で支援する体制を整えていったのだ。
岡田氏はつづける。
「介護と聞くと、神戸市で起きた殺人事件のように認知症や体の不自由な高齢者に対するものと想像されがちです。ただ、ヤング・若者ケアラーの実態はかなり多様です。多子家族におけるきょうだいの世話、精神疾患を抱えている親の介護、障害のある子どものサポート、仕事で忙しい親の代わりに行う家事、外国人家庭で日本語の話せない親の支援など多岐にわたります。
18歳以上の若者ケアラーの場合は、自分が抱えている問題に気がついて自身で窓口に相談してくることもあります。ただ、18歳以下のヤングケアラーはそれが当たり前の家庭で育ったため、気がつかなかったり、相談窓口の存在を知らなかったりするので、全相談件数の5%以下に留まっています。そうしたこともあって、ヤングケアラーの発見は、本人からの相談より、市町の福祉関係者や学校関係者からの情報提供の方が多くなっている現状があります」
実際に相談窓口を担当しているのは、県から委託を受けた兵庫県社会福祉士会の相談員だ。社会福祉士9人が毎日2人ずつ対応に当たっている。
全体的な傾向としてはひとり親家庭、特に母子家庭におけるヤングケアラーが多いという。中でも母親にうつ病や統合失調症といった精神的な病状があるケースが少なくないといい、母親が様々な事情からメンタル不調となり、結果として子どもが家庭内の家事やケアを負わざるを得ない現状があるのだろう。
では、担当者たちが目にするヤング・若者ケアラーの課題とはどのようなものであり、いかなるサポートをしているのか。次はそれを見ていきたい。
兵庫県社会福祉士会で、ヤング・若者ケアラー支援の先陣に立っているのが胡中智礼氏(44歳)だ。
胡中氏は次のように話す。
「ひとり親家庭が多いのは事実ですが、それだけが原因というわけではありません。ほぼすべての家庭に共通するのは、複数の問題が絡み合っている点です。親子が共に、経済困窮、発達・知的障害、不登校、精神疾患、いじめなどを抱えて行き詰まってしまっているのです。
そのため、ヤング・若者ケアラー支援は、多角的なアプローチが欠かせません。各方向からがんじがらめになっている問題を一つひとつほどいていかなければならない。それには地域にある様々な機関が連携して、その家庭を支えていく必要があります。私たちが目指すのは、そうした働きかけなのです」
私自身がこれまで会ってきたヤング・若者ケアラーも、同じように複数の問題を抱えた者たちばかりだった。
たとえば、生活保護を受けている家があった。内縁の夫である父は暴力団構成員で刑務所に入っており、母親は夫からのDV(ドメスティックバイオレンス)が原因のPTSD(心的外傷後ストレス)に苦しみ、アルコール依存も抱えていた。日中はほとんどベッドに横たわり、たまに起きてきてはアルコールを飲んで暴れた。
この家には、12歳の長女と9歳の次女と8歳の長男がいた。長男には発達障害があり、9歳の次女は小学2年からずっと不登校がつづいていた。
長女は学校を休んで母親や妹弟の面倒を見ていたが、料金が払えずに電気、ガス、水道が止められていた。生活保護でもらう金を、母親がアルコールに費やしてしまうためだ。そのせいで長女はストレスから万引きや自傷行為をくり返し、たびたびパニック障害の発作も起こしていた。
このように、ヤング・若者ケアラーと呼ばれる人たちは介護以前に複数の問題に悩まされているケースが少なくない。その結果、家庭が機能不全に陥り、彼らが親やきょうだいの介護や家事全般をしなければならなくなるのだ。
兵庫県社会福祉士会の相談員らは、こうしたことを踏まえ、相談窓口で当事者の悩みを聞いてアドバイスをするだけでは解決は困難という認識を持っている。あくまで相談窓口は“ハブ”であり、そこから市町の福祉担当者につないだり、学校に協力を要請したりすることで、重層的支援の実現を目指している。逆に言えば、そこまでしなければ、ヤング・若者ケアラーを救い上げることができないのだ。





