栄福の時代を目指して(17) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

覇道の勝利と中道の惨敗――生活苦や自由民主主義の縮減、改憲と戦争への道

衆議院議員総選挙の結果、自民党が圧勝して中道改革連合は惨敗した。前回述べたように、この選挙は、権力保持という自己利益を狙う奇襲攻撃だから、いわば「覇道」であり、「中道」が敗北したわけだ。「関ヶ原の戦い」に連合軍が敗れたのだから、陰鬱(いんうつ)な日々が到来することは避けられない。

この結果に絶望している人もいるだろう。鬱(うつ)になった人も多いらしい。しかし希望が潰(つい)えたわけではない。今回は、私たちを待ち受ける直近の厳しい現実を直視しつつ、その後に現れうる希望のビジョンを描くことにしよう。

まずは、アベノミクスに由来する積極財政によって、やがて円安とインフレが進行する可能性が大きい。また自民党は食料品消費税2年間ゼロと謳(うた)ったが、高市早苗首相は選挙期間中にほとんど語らず、実現性が怪しい。その上に、消費税12%への引き上げ検討という話も自民党候補者から漏れ出て、話題になった。これらによる生活苦の進行は、残念ながら不可避と思われる。経済的理性を保っている関係者の努力によって、経済的破綻へと進まないことを祈るばかりだ。

同時に右傾化が急速に進展するだろう。自維の合意に含まれていたスパイ防止法、国旗損壊罪などは速やかに制定されると思われる。国会では、衆議院の圧倒的多数で、あまり審議なしに可決することができるし、参議院が反対しても衆議院で再可決できるからだ。これらによって言論の自由や公共空間が縮減し、民主主義が形骸化していくかもしれない。同時に、中国との緊張関係がさらに激化していく危険性も大きい。

さらに首相は、非核三原則の見直しに続いて、優勢が報じられた選挙戦中盤から改憲への意欲を示し、選挙後には「憲法改正に挑戦する」と宣言した(2月9日)。参院では与党が3分の2以上の議席は持たないから、すぐに改憲の発議はできないが、最大限早めて、再び奇襲的な方法で改憲の国民投票を行おうとするかもしれない。今のポピュリズムの勢いが続く間に短期間に発議に成功すれば、9条改憲が行われて、平和国家は終止符を打たれ、戦争や徴兵制への道が開き得る。

参議院で野党が抵抗力を発揮し、改憲発議を止められるかどうかが大きな分岐点だ。もしこれができれば、次の勝負はおそらく2年後の参議院選挙となる。それまでには経済的危機が昂進(こうしん)している可能性が大きい。それによってポピュリズムの幻夢から目覚める人々が多くなれば、最悪のシナリオが崩れて、自由民主主義や平和の再生への希望が甦(よみがえ)るかもしれない。

再び関ヶ原の戦いにたとえれば、続くのは大阪冬の陣、夏の陣ということになる。もっとも中国の三国志を思い出せば、主人公たち(劉備玄徳ら)は何度か壊滅的な敗北をしつつも、陣営を立て直して起死回生の勝利を成し遂げている。日本の選挙でも、野党が大敗した次の選挙で大勝したことはある。

「上からのポピュリズム」の猛威――推し活選挙という病理

このような逆転を実現するためにまず大事なのは、選挙分析である。私たちの調査の分析は進行中だが、マスコミをはじめとする分析に加えて、独自の暫定的調査結果を加味して、この結果を招いた原因をまとめてみよう。

最大の要因は、高市ポピュリズムにほかならない。高市政権について「上からのポピュリズム」と「下からのポピュリズム」との結合を指摘したが、懸念していたように、ポピュリズムが暴風雨のような猛威を振るった。落選した岡田克也議員が「得体が知れない」(朝日新聞、2月9日)風が吹いたと感じたのは、この暴風雨だ。

選挙戦中に、大石晃子・れいわ新選組共同代表は果敢にも旧統一教会問題をNHK「日曜討論」で首相に対して問い、さらに追求すると予告していた次の週(2月1日)、首相は突然、欠席した。首相側は遊説中の腕の怪我と理由を説明していたが、週刊誌(『週刊文春』5日発売)が実は2日前から欠席を準備していたと報道し、首相側の説明も次々と変わった。ここに噓(うそ)の匂いが漂うし、大石氏が「敵前逃亡」と難じたように、この問題の追求から逃げることが解散の主因だという推測はさらに妥当性を増した。そして、他の番組やインタビューも断っており、厳しい質問があり得る場を回避した。要するに、議会をはじめとする公論の場を避け続けたという点で、首相の振る舞いは反公共的であり、非民主主義的だ。

それにもかかわらず勝利したのは、多くの人々が「推し活」のような感覚で投票したからだ。これはまさしく人気投票のようなポピュリズム的政治である。選挙直前の高市首相動画がYouTubeで約1億3000万回再生されたし、ショート動画(自民党を推し、中道には批判的)も拡散された。これらの多くは収益を目的として作られており、ここには巨大なお金が背後で動いていると推測されている。古典政治哲学では「衆愚政治」という概念があるが、人気投票のような投票には、理性と良識の欠如を指摘されても仕方ないだろう。

中道改革連合の失敗を主因とする見方は、ポピュリズムのインパクトを軽視している点で底が浅い。なぜなら、前回の衆院選と比べれば、参政党は躍進し、国民民主党も微増し、失速が予想されていた維新の会もわずかながら議席を増やしたからだ。さらに、私たちの分析でも、前回はこれらの右派ポピュリズム政党に投票した人々の一定数が、今回は自民党に投票していた。つまり、高市ポピュリズムと、その他の右派政党ポピュリズム、つまり「上からのポピュリズム」と「下からのポピュリズム」とが合流しつつ、自民党をはじめとする右派の圧勝をもたらしたのである。なお、左派ポピュリズムのれいわ新選組は大敗したが、山本太郎代表が病気で議員辞職をしたことがその主因だろう。

アメリカでは、トランプ派(MAGA)が事実上は共和党を乗っ取った。日本でも、高市支持議員が急増すると、自民党を変質させることになる。首相が裏金議員や統一教会との関係が知られている議員を中心に応援したのはそれと似ており、村上誠一郎元総務相を四国ブロック比例名簿10位と冷遇したのは、同じような方式だ。もっとも自民党が大勝したので、村上氏は当選し、選挙後に岩屋毅前外相が党内グループを立ち上げようとする動きも生じており、首相たちとの緊張関係の動向も今後、注目される。

中道惨敗の原因――立民支持層における中道左派の不活性化と価値理念の不発

中道改革連合の惨敗については、あまりに準備時間が少なく急ごしらえだったことや、選挙目当ての連合とみなされたことが原因としてしばしば挙げられている。ただ、これらだけでは、選挙戦中盤になって失速したことの説明が難しいから、前述のように、動画を用いたポピュリズム要因が大きい。とはいえ、中道側にも問題点があった。

前回説明したように、この連合が成功する条件は、価値の訴えと、中道左派も含めた広い連携を実現することだった。関係者は「1+1」が2以上になることを期待したが、そうならずに大幅に減少してしまった。なぜだろうか。

第一に、多くの人々から立憲側は妥協したと思われて、特にソフトな立民支持層が活動や投票を躊躇(ためら)った。関係者の努力によって綱領と基本政策においては、原発政策や安保法制などで立憲民主党のもともとの理念を辛うじて保持したのだが、メディアは妥協したと報じ、立民側の中枢もその印象を修正できなかった。公明側との交渉で妥協したという感覚を自ら持っていたのではなかろうか。これが、中道側の反省すべき最大の敗因と思われる。連合に向けての両党中枢の決断は高い評価に値する一方で、特に立民中枢の責任がこの点においては極めて重い。

私の周辺でも、立民支持と思われる人たちが躊躇っていたので、拙稿を知らせるとすぐに納得して中道支持へと変わった。「見捨てられた」とか「裏切られた」と感じた支持者もいたようだ。選挙分析では立民支持層の融解が指摘されているが、私たちの分析では、中核的な支持者たちには(おそらく危機に鑑みて)最終的には中道への投票を戦略的に選んだ人が多いようだ。しかし、ソフト支持層は棄権や他党支持に向かってしまった場合が少なくないと思われる。小選挙区では、もともとの立民支持票に加えて公明票が合わされば、当選の可能性が大いにあったが、これでは勝利は不可能だ。立民中枢部は、支持層のこの思いや感覚を軽視していたのではないだろうか。

前々回のこの連載で、「野党第一党」が安保法制や原発政策の再検討などで、「本来の理念を放棄して、批判すべき時に微温的な言動を行う」という「気概」のなさを批判したが、この姿勢が「国難」を昂進させるという結果に現れた。野田佳彦共同代表(当時)が「万死に値する」と責任を述べたのは、この点においてこそ妥当だろう。

第二に、価値の訴えに関しては、公明支持層は元来の理念(中道や平和)を訴えることができたので、活動や投票率が上がったと思われる。実際、立民支持層と同様に、公明支持層もかなりの程度、中道に投票している。ところが、特に立民出身の候補者からは倫理的な新理念は積極的には訴えられなかったので、その支持層にはさほど効果を発揮しなかった。

実際に訴えられたのは、生活者ファーストが中心だった。家賃補助やエッセンシャルワーカー給料引き上げ、インボイス廃止のように、注目されるべき政策が含まれていたが、埋没してしまった。しかも食品消費税ゼロは、自民党の類似公約によって争点として霞(かす)んでしまった上に、財政規律の点で疑いを生じて、唯一、減税策を訴えなかったチームみらいの台頭を招いた。

第三に、価値に関連して、公明党やその支持母体である創価学会に対するアレルギーが存在したことも指摘されている。立民支持者の中に、この理由によって中道支持を躊躇った人もいるだろう。もっとも、この選挙戦によって、この種の嫌悪感が減って、親しみや連帯感を感じる人も増えたと思われる。

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