気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(1) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)
森のニワトリに、なりたいんだ
タイ人の夫と私、もうすぐ3歳になる息子。私たちは今、東北タイにある瞑想(めいそう)修行場&農場“ライトハウス”で暮らしている。
2年前まで夫婦共にタイの大学講師だった。教員という恵まれた環境を自ら離れ、夫はキノコを中心とした農業を、私はタイ仏教の翻訳業に勤(いそ)しんでいる。共にフリーランス。この決断に至るまで、迷いがないわけではなかった。
子供を授かり、これからの生き方を相談していく中で、夫はつぶやいた。
「僕は、養鶏場で飼われている鶏ではなく、森のニワトリになりたい。養鶏場の鶏はエサを与えられ、求められているのは卵を産むことだけ。でも鶏には卵を産むこと以外にもいろんなことができると思う。エサは自分で探さなければならないけれど、森のニワトリは自由な環境の中で成長できると思うんだ」
そのとき、私の中のニワトリもまた目を覚ました。
沖縄で生まれ育った私がタイと出会ったのは、24年前の大学生の頃。幼い頃から仏教に親しみ続けていたので、国民の9割以上が仏教徒というタイに強く興味を持った。サフラン色の袈裟(けさ)に身を包み、托鉢(たくはつ)に歩く僧侶たちを目にして、日本とは違う仏教のありように驚いた。ブッダの生きていた時代にタイムスリップしたかのような感覚。しかし、裸足で歩く僧侶の横には高級車が悠々と走る。ここは一体どんな国なのか?疑問もどんどん生まれた。
そこから探究心がふつふつと湧いてきて、大学院に進学。留学の機会を得てフィールドワークや研究に没頭し、タイの大学への就職とつながっていった。まさかタイ人と結婚するとは思わなかったが、縁あって人生を共に歩むことに。夫は大学の同僚で、18年間の出家経験がある元お坊さんだ。
そして私たちは、森のニワトリ家族になった。南国の豊かな大地に実るパパイヤやトウガラシなどの作物をいただき、太陽光と風力で電力をまかなう完全オフグリッド生活。心のトレーニングである気づきの瞑想を常に心がけ、陽が落ちた午後7時には眠りにつき、午前3時に起床。毎朝タイ語の説法を翻訳し、インターネットを通じて日本に届けている。
気づきを楽しむ――まさにそんな毎日だ。暮らしに根づく仏教、タイの人々との触れ合いや自然の中で感じること、また習慣の違いの中で教えられることなど、ふとした気づきがいっぱいの森のニワトリ生活。この連載では、私のささやかな暮らしの中から見えてきた話題をお届けできたらと思う。
コーケコッコー!
夜明け前、遠くで聞こえるいつもの鳴き声。正真正銘の森のニワトリが、私たちの背中を押している。
プロフィル
うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。