普門館とわたし(了)

普門館にまつわる思い出やエピソードを「普門館とわたし」として募集したところ、貴重な体験が投稿として寄せられました。最終回となる第7回は、「YS」さん、「らすかる」さん、「へしぽん」さん、「早也香」さん、「おりえちゃん」さんの5人の投稿を紹介します。(タイトルは編集部)

入園式の思い出

「普門館」といえば「吹奏楽の甲子園」―― 吹奏楽に関わった者であれば誰しもがそう思うことでしょう。

私も愛知県での高校時代、吹奏楽部に入っていました。そこそこ実績のある学校で中部地区大会などに進んでいたように思いますが、残念ながら私の学年の頃は大きな大会に進むことはかないませんでした。

結局、普門館で演奏することなど遠い夢の夢で終わってしまいました。

それはさておき、私にとって「普門館」とは「吹奏楽の甲子園」であるよりも「幼稚園の入園式の会場」としての思い出が強く残っています。

その当時は世田谷区烏山に住んでいたので、近くの幼稚園ということで佼成学園幼稚園に入園しました。今はもう普門館で入園式を行うこともないと思いますが、あの頃は佼成学園傘下の幼稚園・中学高校・女子中学高校が一堂に会して入園・入学式を合同で行っていたものと記憶しております。

巨大な円形の建物の周りを母に手を引かれて歩いたこと、大きなホールで前方のステージに園長先生や、それぞれの学校の校長先生たちが座っておられたこと、偉い先生方のお話は幼児の私にはわからなくて途中で退屈してしまったこと、帰りに方南町の駅で丸ノ内線に乗ったら同じ制服を着た子たちばかりだったこと……。今でもはっきり覚えています。

あの頃は何もわかっていませんでしたが、今にして思えば随分貴重な体験をさせていただいたものだと思いました。

耐震性の問題で仕方ないのかもしれませんが、普門館が取り壊されてしまうことが残念でなりません。いつまでも大事に記憶に残しておきたいと思います。
(YS・48歳女性)

忘れられない「ブラボー!」

小学校から始めた吹奏楽の道。「高校はやりがいのある強豪校に行きたい! やっぱり全国大会、行きたい!」と母にお願いして、吹奏楽の全国大会常連といわれる高校に入学しました。今までと違って練習も厳しい。先輩や仲間についていくのがやっとの毎日で、楽しさよりも悔しかったり切なくなったりしましたが、これも自分がうまくなるためだと歯を食いしばって練習したのを思い出します。

普門館行きの切符をつかまないといけないプレッシャーに押しつぶされながら、コンクールで全国大会に行く代表に呼ばれたとき、先輩も仲間も喜びを爆発させました。「今まで夢だった普門館に現実に行ける。厳しい練習に耐えて良かった!」と感じた瞬間でした。

私は二度、普門館の舞台に上がらせてもらいました。あっという間の12分間、演奏が終わったあとの「ブラボー!!」

あの歓声と拍手は今でも忘れられません。

吹奏楽の甲子園 普門館はなくなってしまいますが、私の心の中にキラキラと残り続けるでしょう。本当に心から感謝です。

ありがとう、普門館!
(らすかる・41歳女性・専業主婦)

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